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陽光(リメイク前)
突然の欲求


「――それじゃあ、行ってくるわね。留守番は任せたわ」

「は、はい」

「先生、行ってらっしゃい!」

 保健室の入口前。これから学園を発つ木梨先生の言葉に、私と土盾くんは答える。緊張気味の私に対して、土盾くんはものすごく元気だった。

「食事は中にあるものを自由に取って。もし何かあったら、すぐにさっき渡した携帯通信機で連絡してね。細川先生の方に繋がるから」

「はい」

 こくりと頷いた私達を、木梨先生は満足げに見つめる。と、急に何かを思い出したように手を叩いて。

「ああいけない。うっかり忘れてしまうところだったわ。――光咲さん、ちょっと」

「はい……?」

 手招きされ、近付いてみると。木梨先生は私を連れて、土盾くんから少し距離を取った。

「へ? なに? なんなの!? めちゃくちゃ気になる!」

 土盾くんの声が遠くに聞こえる中、木梨先生は私を引き寄せると、上着のポケットに入れていた何かを私に握らせた。

「――これは、彼が制服の下に身に付けていたものよ。恐らく、大事なものなんだと思うわ。

――彼が目を覚ましたら、あなたの手で返してあげて」

「……!」

 木梨先生に手渡されたもの、それは。


 ――……七年前の記憶にも印象強く残っている――青い石の、ペンダントだった。




「ひなたちゃん、本当に一人で大丈夫?」

「うん。……とはいっても、完全にひとりな訳じゃないし。土盾くんにも、お世話になっちゃうけど」

「そんなのいいって。ぜんっぜん気にしてないからさ!」

 木梨先生の提案とは――私達ふたりに、風羽くんの世話を任せるということだった。そうすれば、彼を寮まで運ばなくても済む。

 そうして、私達は木梨先生から、他の生徒がもしも来た場合の対処法と(入口には、先生がいない旨を書いた貼り紙をしたけれども)、万が一なにか不測の事態が起きた時の対処法を教わった。


「何かあったら、すぐに呼んでね。寝てても叩き起こしちゃっていいから!」

「……うん。ありがとう」

 土盾くんの明るい笑顔に、私は元気を貰った気がして。自然と笑みを零した。


 ここに残って風羽くんの看病をすると決めた時、私は土盾くんにある頼み事をしていた。

 それは――彼の看病を、私に任せて欲しいということ。言ってしまえば、しばらくの間ひとりにさせて欲しい、ということだった。

 七年前のこととか、私はまだ頭の整理がついてなくて。確証を持てるようで、持てないような、混乱している状態だ。

 ……でも。私は、風羽くんの傍にいたいと思った。すぐに戻ると、約束もしたのだから。

 つまりは、心の整理をするためにも、彼と向き合うためにも――今は、ひとりで静かに考えていたかった。
 そして――そんなワガママを、土盾くんは快く受け入れてくれたんだ。

 七年前のことを含め、今の正直な気持ちを話した時。土盾くんは笑顔で言った。――『ならオレは、ひなたちゃんを応援するよ』と。
 混じり気のない、まっすぐなその言葉に、どれだけ元気付けられたかは計り知れない。

 結果、私が風羽くんのいる保健室に。土盾くんは、普段は木梨先生が休むのに利用している隣室に留まることとなった。隣室は保健室からでしか出入りできない、鍵付きの部屋だ。

「じゃあね、ひなたちゃん。頑張って!」

「うん。本当にありがとう、土盾くん」

 お互いに手を振って、私達は別れる。とはいってもドア一枚隔てただけだし、呼ぼうと思えばすぐに出来る状態だけれど。


「……」

 それでも、やっぱり土盾くんが退出してひとりになると、部屋はしんと静まり返った。
 私は制服のポケットに入れていたペンダントを取り出して、じっと見つめる。

 外は気が付けば夕焼け。窓から差し込むそれにペンダントを翳せば、青と赤の光が混ざり合うように輝いた。

「……よし。行こう」

 その光をしばらく眺めてから、私は自分を奮い立たせるように呟いて。ペンダントをしまい、風羽くんの元へと向かった。


「……はぁ……っ……うぅ……」

 カーテンという仕切りを通ると、空気が一気に変わる。
 私はベッドの傍らにある丸椅子に腰掛けて、事前に濡らしておいたタオルで風羽くんが流す汗を拭った。

「……効果が切れてる」

 額のタオルに挟んでいた魔導器を再び起動させて、元に戻す。その間も、ずっと風羽くんは荒い息遣いをしていた。


「……よづき、くん」

 小さな声で、呼ぶ。
 その響きが、どうしようもなく懐かしく感じられたのは。ただの勘違いではないと、そう思いたい。

「……夜月くん」

 もう一度、口に馴染ませるように呟きながら。私はさっき握っていた彼の手を、また握り締めた。


「……な、た……。……いかない、で……」

「……! 夜月、くん」

 『ひなた、行かないで』。……私はその言葉を、さっきも聞いていた。

 彼が浮かべている、苦悶の表情。それはきっと、発熱のせいだけじゃない。同じ言葉を繰り返すのも、きっと。

 ――彼がずっと、悪夢を見続けているということなんだ。

 そして、その仮定が正しければ。――『絶対に起きて欲しくない』悪夢に、私が関係しているということに繋がる。

「……わすれて、いいから……ここに……」

「!」

 今まで聞かなかった言葉が、耳に届いて。私は思わず、彼に顔を寄せた。小さな一言でも、聞き逃さないように。

「……みているだけで……いいから……」

 ――気付けば、彼の頬には。涙が一筋、伝っていた。

「……っ」

 私は何も言葉が出なかった。しばらく息をするのも忘れていた。

「……だか、ら……」

 たまらず、私は彼の手を握る右手に力を籠めて。左手で、彼が流す涙を拭った。
 彼のか細い声を聞いているだけで、胸が張り裂けそうだった。

 夢の中の私は――彼の訴えを、聞いていないの? これだけ、弱々しくも強く訴えているのに?

 だとしたら――最低だ。


 目頭が熱くなるのを感じて、私は俯いて歯を食いしばった。
 泣いちゃいけない。彼に涙を流させているのは、私なんだ。私に泣く資格なんて――。


「……ん……んんっ……」

「……!」

 その時。うなされていた彼の様子が、唐突に変わった。
 眉をきゅっと寄せて、声を漏らす。――起きる前触れだと、すぐに理解した。

「……う、……ん……」

 僅かに緊張しながら、しばらくの間、見守っていると。やがて彼は、ゆっくりと目を開けた。

「……ひ、な……た……?」

 それは今までのように、苦しみの中にあるものではなく。ぼんやりとして、空気に溶けてしまいそうな声だった。

「……夜月、くん」

 言いたいことは沢山あったはずなのに。いざ彼が目覚めると、胸がそれだけでいっぱいになって。何を言えばいいのか、分からなくなって。私は、夜月くんを見つめることしか出来なかった。

「…………」

 夜月くんは寝起きだからか、ぼうっとした目つきで私を見返してくる。力のない眼差しも、無表情も、いつも通りではあるけれど。――なにかが、違う気がした。

「……ひなた……」

 いつものように『光咲さん』ではなく『ひなた』と呼んでくるのも、寝起きのせいだからなのだろうか。

 ……分かった。この違和感の理由は、普段纏っている張り詰めた空気が――まるで感じられないからだ。

「……」

 無言。それはいつものことだけれど、やっぱり今まで見てきたものとは雰囲気が違う。

「……そうだ。夜月くん、喉かわいてない? お水、持ってくるよ」

「……」

 私の言葉に、夜月くんは返事をせず。ただ私を見返したまま、瞬きを繰り返していた。
 そのまま、沈黙は続いて。ちゃんと声が届いているのか、不安になってきた時。夜月くんの視線が、ふいに繋いでいた手の方へ移動した。

「……手……」

「……あっ、ご、ごめん!」

 離して欲しいのかと思い、微妙に気恥ずかしさを覚えながら、私は慌てて手を解いた。――すると、夜月くんは眉を僅かに顰めて。

「……違います」

「え?」

 なにが違うと言うんだろう。
 戸惑うばかりの私に、夜月くんは呟く。

「……触れていて欲しいんです」

「……?!」

 ――思ってもみなかった発言に、心臓が高鳴った。

「……手を、握って下さい……」

「……う……」

 か細い声で訴えられると、拒絶する気にはなれなかった。……さっきまで私が彼を泣かせていたんじゃないかという、罪悪感もあるけれど。

 病気のときって、人肌が恋しくなるっていうし……そういうことだ、と自分を納得させよう。……恥ずかしいのは、恥ずかしいけど。

 翻弄されながら、私は解いていた手を、もういちど重ねて――そうっと握り締める。
 ……さっきまでとは違い妙に緊張したのは、彼と手を繋ぐという行為を、急に意識し始めたからか。もしくはその様子を、本人にじっと見つめられているからなのか。……両方かもしれなかった。



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