[携帯モード] [URL送信]

陽光(リメイク前)
平気だから


「悪い。少し、席を空けるな」

 それから少し後。ケーキを食べ終えた火宮くんはトイレへと向かい、自然と風羽くんと二人だけになった。

「……」

 私の斜め前。通路側の椅子に座っている風羽くんは、自分のケーキをゆっくりと口に運んでいる。
 顔は俯き、視線も常にケーキへと向いていて。私と目を合わせないようにしているのが、ひしひしと感じられた。

「おいしい?」

「…………まあ」

 顔を上げないまま、風羽くんは呟く。
 さて、どうしたものだろう……。


「……君は」

 考えあぐねていた私に、意外にも風羽くんは自分から話題を切り出してきた。
 視線は下を向いたまま、フォークを持つ手を止めて続ける。

「……君は、どうして僕に構うのですか」

 感情の無い、淡々とした声。
 ……でも。その言葉の奥底には、確かな思いが感じられた。
 以前までと違い、それは推測ではなく確信に近くて。たぶん――数日前の、雨の日の出来事があったからかもしれない。

「……以前にも言いましたが……僕は君と関わり合いになりたくないのです。……そもそも。……君自身、僕の相手をするのは面倒ではないのですか?」

 『嘘で塗り固めている』。あの日、風羽くんはそう言った。どこまで嘘で、どこからが本当の気持ちなのか。それを探るように、私は彼をじっと見つめた。

「風羽くんは、自分が面倒だって思ってるの?」

「……」

 風羽くんは口を噤む。――そういえば。今までも彼は会話中に突然、口を閉ざすことがちょくちょくあった。
 普段から言葉少なだから、ただの何気ない仕草かもしれないけれど……。何かしら問いかけた時に、よくしていた動作だった気がする。
 考え込む時の癖、なのかもしれない。


「……はっきりと『関わり合いになりたくない』と言っても、……君は僕を放って置いてはくれないのですね」

 長い沈黙を、風羽くんは自分で破る。テーブルの上に重ねていた両手を、ぎゅっと握り締めた。

「……だって、風羽くんは何も教えてくれないから。だから、自分で探るしかないと思って」

 関わり合いになりたくないってことも、本当のところはどうか分からない。話の核心も、真意も、なにひとつ分からないんだから。
 だから手探りで、掴んで行くしかないと思ったんだ。

「……もし、風羽くんが自分自身のことを『面倒』だって思うんなら。――面倒にならないようにしてくれると、助かるんだけどね」

「…………」

 少し冗談めかして言ったけれど、風羽くんからは返答はない。
 実際――面倒か否かと言われたら、きっと限りなく面倒な方だと思う。だけど、だからと言って関わることを止めたくはなかった。


(――……あれ?)

 ふと。どうして自分は、ここまで風羽くんに拘るんだろうと疑問に思う。あれ、どうして、だろう。
 風羽くんの言動ひとつひとつに振り回されてばかりなのに、それを悲しいとは思っても、怒りの感情が湧かないのは、なぜ……?


「――!」

 その時。第三者の介入によって、私の思考は吹き飛ばされてしまった。

「やだあ、もう。押さないでよー。水、ちょっと零れちゃったじゃない」

「ごめんごめん」

 私達と同い年くらいの女の人ふたりが、水の入ったコップをそれぞれ手に持って歩いていた。前を歩く茶髪の人が『水を零した』と言ったのは、ちょうど私達の席の手前あたり。風羽くんの、すぐ後ろだった。


 友達同士でじゃれ合う中、何かの弾みで零れてしまったのか。水は勢い良く――風羽くんの頭を直撃した。床にも多少落ちたけれど、零れた大半は運悪く近くにいた風羽くんに当たってしまったのだ。

 女の人達は、特にそれを気にした様子もなく。何事も無かったかのように、私達の席を通り過ぎていく。

「か、風羽くん! 大丈夫!?」

「……平気です。……平気ですから、止めて下さい」

 席を立ち、彼の方へ近寄る。そうして、髪から顔に流れ落ちて行く水をハンカチで拭った。風羽くんはそれを手で押しのけようとしたけれど、私は半ば強引に続ける。

「――あの、ちょっと……!」

 そうしながら、顔だけ振り返り。談笑しながら歩いている女性ふたりを、急いで呼び止めた。

「水、彼に掛かったんですよ! そのまま何もなしはどうかと思うんですけど……!」

「えっ?!」

 ふたりは私の言葉に、まさしく頭からいきなり水を掛けられたかのような、大きな驚きを見せた。そして、私から風羽くんに視線を移すと。

「あっ……本当……! なんで気が付かなかったんだろう……ごめんなさいっ!」

「すみません、私達ふざけてて……!」

「……いえ……平気ですから。……気にしないで下さい」

 慌てて駆け寄ってきたふたりは、風羽くんに謝罪する。――正直、私はそれに少し拍子抜けした。
 わざとではないとは言え、人に水を掛けておいて放置して行こうとしたんだ。悪びれもなく、開き直られるかもしれないと思っていたから。

 実際には、ふたりの謝罪は本当に誠意に溢れていて。僅かに滲み出ていた怒りが、すぐさま萎んでいくのが分かった。

 今は――風羽くんに被害が及んでいたことに、ふたりは本当に気が付かなかったのだと感じている。あんなに近くにいたのに、とは思うけれど。

「……本当に、気にしなくて大丈夫ですから」

 風羽くんは私への対応と同じように、平気だからと言って女性ふたりを去らせようとした。ふたりはしばらく何度も私達に謝っていたけれど、やがて風羽くんに従って自分達の席へと帰って行った。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!