陽光(リメイク前)
楽しみに
火宮くん達と約束していた、日曜日がやってきた。
約束の時間は午前十時。最寄り駅の前で待ち合わせだ。
私は遅刻をしないよう、手早く準備をして出かけた。
「風羽くん、火宮くん。おはよ、う……?」
人が行き交う駅前にて、私は二人と合流した……のだけれど。思わず、疑問符を浮かべてしまった。
「ど、どうした?」
火宮くんは戸惑った様子で、私に問いかける。……うん、分からないのも仕方がないかもしれない。なにせ、私が驚いたのは火宮くん自身のことだから。
「いや……その」
私は火宮くんを見つめる。正確に言えば、その『もぞもぞ』とでも表せそうな挙動を。
あちこちに目を泳がせ、腕を組んだかと思えばすぐに解き、片足ずつ体重移動を繰り返し。
おまけに、身体が妙な上下運動をしている。大して激しい動きではないけれど、他の要素と絡み合って何だかこう……不思議な踊りになってしまっていた。
たぶん、火宮くんは――浮き足立っているんだ。すごく、非常に、とてつもなく。
とにかく普段の彼なら有り得ないぐらい、今の火宮くんは落ち着かない様子だった。
「すごく楽しみにしてたんだね」
「あ、ああ……いや、そういう訳でも……あるが」
照れくさいのか、歯切れの悪い言葉を返す火宮くんに、私は思わず笑ってしまった。
私も、学園に来てから外出するのは初めてだから楽しみにしていたけど。火宮くんと比べたら、雲泥の差がある気がする。
「そ、それじゃあ行くか……」
羞恥心が加速したのか、何より早く行きたいのか。火宮くんは会話を打ち切って、私と風羽くんを先導して歩き出した。
電車に揺られること十分。私達は滞りなく、目的の店に到着した。
新しくオープンしただけあってか、数多くの人が列を作っている。一部のカップルを除いて、そこにいるのは女性ばかりだ。
「……」
火宮くんが緊張したような表情で黙り込む。この状況を想定していたから、ひとりでは来たくなかったんだろうな。
「火宮くん、大丈夫だよ。誰も他の人なんて見てないって」
「そ、そうか……? ……だが、しかし……だな。女子ばかりの空間は、やはり落ち着かない……」
うぅーん……フォローの言葉を掛けておいてなんだけど、実際のところ、長身の火宮くんは人目を引くかもしれない。
「あっ、でもほら。風羽くんもいるしさ」
男子ひとりだけではないと言えば、火宮くんは少しだけ緊張が解れたのか、微笑を零した。
「……風羽は本当に、自己主張をしないな。時々、気配を消しているのかと思うぞ」
「……いるもいないも、変わりないと言ったでしょう」
「ああ、そうだったな……」
それはつまり、『自分から気配を消している』の肯定と見ていいんだろうか。
率直に聞いてみれば、
「……別に」
私の方を見ようともせず――小さく、それだけ返してきた。
「来た……ついに来た……!」
前に座る火宮くんは、どこか据わった目で呟く。地を這うようような低い声……地味に怖い。心なしか、息も荒い気がする……。
火宮くんが見下ろすのは、混じり気のない純白のクリームがふんだんに使われたショートケーキ。
頂点に置かれたイチゴの赤が、クリームの白のお陰でよく際立っている。
「……よし……よし……」
ぶつぶつと呟きながら、火宮くんはゆっくりとフォークを取る。そのまま流れるような動きで、ケーキに刺し――口に運んだ。
私達が見守る中、火宮くんはそれを咀嚼していく。
「…………!!」
唐突に――火宮くんは目を零れんばかりに見開き、みるみるうちに顔が紅潮していって。端から見ていても、その姿は幸せそうだった。
「……う、うまい……!」
火宮くんは今度は目を閉じて、しばらくの間、喜びを噛み締めていた。
「……二人共、今日は本当に世話になった。これは俺の奢りだ。遠慮なく食べてくれ」
私の前にはオレンジ色のモンブランが、火宮くんの隣に座る風羽くんの前には甘さ控えめのチーズケーキが置かれている。
注文したのは火宮くんと同じタイミングだったけれど、私も風羽くんも、今まで手を付けていなかった。何というか、つい火宮くんに見入ってしまっていたんだ。
「い、いいよ、奢りなんて。この間のこととか、むしろ私の方がお礼しなきゃいけないぐらいだし」
「いや、それに関しては気にするな。お前達がいなかったら、恐らくここに来る事は出来なかっただろう。……この味も、知る事はなかった」
最後の方は、微妙にうっとりとした眼差しでケーキを見下ろしながら。火宮くんはそう言った。
「……では、お言葉に甘えたいと思います」
風羽くんは自分のケーキを静かに食べ始める。無表情だから、味に関してどう思っているかは分からない。
うぅん……少し申し訳ない気がするんだけれど。いい……のかな。
「これぐらいはさせてくれ」
「うう……ん。じゃあ……お願いしちゃおうかな」
火宮くんは笑顔で言ってくれる。あんまり渋るのも逆に失礼だと思い、私も火宮くんの言葉に甘えることにした。
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