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陽光(リメイク前)
分かっている癖に


 それから、他愛のない話をして時間を過ごして。
 一時間目の予鈴が鳴り響く中、ようやく待ち望んでいた人が教室に姿を現した。

「……」

 ――風羽くんが教室に入って来たことに、気が付く人は少ない。扉側の最後尾に座っている人ですら。今回も、そうだった。


「風羽くん!」

「……」

 私は一目散に風羽くんの元へ駆け寄る。彼が来たら、まずしようと思っていたことがあったからだ。
 内心ドキドキしているけれど、私は意を決して、無表情の風羽くんを見据える。

 ……そして。


「――おはよう」

 私は、笑みを作った。風羽くんに、自分の気持ちを伝えるために。

 今までと同じように、接するということを。――風羽くんの気持ちを無視して、自分を通すという意志表示を。


「……。……おはようございます」

 挨拶を返す前の一瞬、風羽くんの口元がきゅっと引き締められた。不快感を表しているように感じられたけど、何か引っかかる。

「……」

 風羽くんの目線が、ふいに私の後ろ――恐らく、穂乃花たちの方――へと向けられた。
 それに何を思ったのか、風羽くんは再び私に視線を向けて(でも目は合わさず)、自ら口を開いた。


「……体調の方は……大丈夫ですか? ……風邪など、引いていませんか?」

「うん。私は大丈夫。風羽くんは?」

「……平気です。問題ありません」

 そう言うと、風羽くんは会話終了と判断したのか。私の横を通り過ぎて、自分の席に着いた。

「おはよう、夜月。……」

「……おはようございます。……なんですか。その目は」

 風羽くんは穂乃花たちと挨拶を交わしていく。そんな中、土盾くんが目を細めながら風羽くんを見つめた。
 何か言いたげな、不満そうな様子を風羽くんも感じ取ったのだろう。すぐさま土盾くんに問いかけた。


「……ホントは分かってる癖に」

 土盾くんは、それ以外に何も言わなかった。けれど、風羽くんに対する視線だけはそのままで。

 ――たぶん、土盾くんは我慢している。私の意志を尊重して、風羽くんの私への態度に関して深く突っ込まないでいてくれているんだと思う。

「……」

 風羽くんは土盾くんの視線を受け止めながら、けれど何も言葉を返さなかった。



 その日の放課後。
 追試に向かった土盾くんと優次くんを見送った私は、一旦穂乃花と一緒に女子寮へ帰ってから、こっそりと校内へ戻る。
 理由は、本来なら昨日聞くはずだった火宮くんの話のためだ。

 事前に指定されていた無人の教室へと足を踏み入れると、隅の方で火宮くんと風羽くんが向かい合って座っていた。

「お待たせ」

「……来てくれたか」

 火宮くんは微笑を浮かべつつ、私に着席を促す。風羽くんの隣だ。

「……」

 言われるままに私はそこへ座る。風羽くんはこちらをチラリとも見ず、火宮くんに「……それで、話とはなんですか」と聞いた。

「……。そ、それが、だな……」

 けれど。その至極当然な問いかけを耳にした途端、火宮くんはどもり始めた。顔を僅かに赤らめて、何か恥ずかしがっているような様子だ。

 ――そういえば。昨日も、火宮くんはこんな表情をしていたな。
 一体何なんだろう……火宮くんにとって恥ずかしい、私達への用って。

「……言う気が無いのであれば、僕は帰ります」

「いやッ、待て! 待ってくれ!」

 立ち上がろうとした風羽くんを、火宮くんは腕を掴んで止めた。
 火宮くんが声を荒らげるなんて、珍しい……。
 その必死ともいえる姿に風羽くんは眉を顰めて。小さな溜め息を吐きながら、席に座り直した。

「……では、手早く済ませて下さい」

「ああ……」

 それからも、火宮くんはしばらく落ち着かない様子だった。
 私達を見たかと思えば、すぐに視線をさまよわせたり。何度も何度も、口を開きかけては閉じたり。

 結局、火宮くんが本題を切り出したのは、さっきのやり取りから数分が経ってからのことだった。


「……とある場所に、同行して欲しい」

 火宮くんがようやく呟いた言葉からは、肝心な部分が見えない。
 私が「とある場所?」と聞くと、火宮くんは小さく頷き、鞄から何か紙を取り出した。

「……ここなんだが」

 そう言って、おずおずと机に広げられたのは――チラシだった。ここから電車を使って十分ほどに位置する、とあるお店のもの。

 なんのお店かと言えば――。


「……お、お前達は……甘い物は嫌いか?」


 火宮くんが同行して欲しいというのは――最近オープンしたという、スイーツ専門店だった。
 数多くのケーキやらモンブランやら、色合い豊かな写真とともに、あれこれと売り文句が書いてある。

「ううん。私は好きだよ」

 こういう用事だとは思ってもみなくて、少し面食らった。でも同時に、なぜ言い出し辛そうにしていたのか納得した。
 私は火宮くんみたいに、甘い物を日常的に食べる方ではないけれど、普通に好きだ。そう言うと、火宮くんは少しだけ安心したように笑った。

「風羽くんは?」

「……別に、取り立てて好きでも嫌いでもありません」

「そうか……」

 風羽くんの淡々とした答えに、火宮くんは残念そうな声を出した。

「……というか、……僕が同行する必要性が見いだせないのですが」

 男だけで行くのが恥ずかしいなら、私と二人で行けばいいと、自分は要らないだろうと風羽くんは言い放つ。
 ――その言い方に思う部分はあるけれど、確かにメンバー選出に関しては気になるな……。

 火宮くんはまだ照れ臭さがあるのか、少したどたどしい調子で答える。

「……後が怖いんだ」

 女子と二人きりで出かけると『後が怖い』。そう火宮くんは言った。
 自分が多くの女子にモテていることを、鼻に掛けることは無くとも自覚している火宮くんは、どうやら他の女子と二人きりになるのは怖いらしい。そもそも女性慣れしていないのもあるけれど。
 私の場合はグループメンバーだから、まだ波風が立ちにくいと考えたみたいだ。


「同じグループの男子が一人いれば、例え誰かに目撃されても『仲間同士で出かけていた』で言い訳出来るだろう?」

「……それが、僕でなくてはならない理由はありますか?」

「ああ」

 火宮くんは頷いて、

「土盾や水霧は……うっかり口を滑らせそうだからな。陰糸に関しても同様だ。……いや寧ろ、陰糸はうっかりどころか自ら進んで言いそうだが……。

――とにかく、その点お前は誰かに喋る事は無さそうだしな」

 どうやら火宮くんとしては、この件は誰にも話さず内密に済ませたいみたいだ。それなら、確かに風羽くんが適任かもしれない。

「……」

「た、頼む。金は全部俺が出すから……!」

 無言になる風羽くんに、火宮くんは必死に頼み込む。

「そうだ、お前の言う事を何でも一回聞く! だから頼む! この通りだっ!」

「……」

 頭を下げる火宮くんに思うところがあったのか、風羽くんは再び小さな溜め息を吐いて。

「……分かりました。……僕など、いるもいないも変わりないと思いますが。……それでも良ければ」

「! ありがとう、助かる!」

 火宮くんは弾けるような笑顔を浮かべ、その勢いで私に「光咲も、一緒に行ってくれるか?」と問いかけてきた。

「うん。大丈夫だよ」

 もとより断る理由もない。それに、火宮くんには昨日特にお世話になっていた。これぐらいのこと、お安い御用だ。


 ――そんなこんなで。私達は週末に出かけることとなった。
 もちろん穂乃花たち始め、誰にも内緒で。



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