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陽光(リメイク前)
覚悟を決める


「――光咲には、何か人に話せない、出来るなら秘密にして置きたいような事はあるか?」

「えっ?」

 予想外の問いかけに、私は思わず火宮くんの顔を見た。対する火宮くんは慌てたように、

「あ、いや。違う。それを話せと言いたい訳じゃない。ただ、そんな秘密……例えば『照れ臭いから』という理由で、自分の本心を隠す時はあるかと聞きたいんだ」

「自分の本心を隠す……」

 火宮くんの質問の意図はよく分かっていないけれど、『本心を隠す』というフレーズに私は反応した。きっと、何か考えがあるんだろう。

 私は、質問の答えを頭の中で探ってみる。
 例えば、照れくさいから隠しておきたいこと……かあ。
 それを考えると、土盾くんに思い出の男の子について話さなかった件について思い浮かぶ。風羽くんには言ってしまったけれど、それでも詳しいことは隠していたし……。


『――それって、初恋の相手だったりするのかなぁ?』

 !!!

 悪戯めいた表情を浮かべる穂乃花の言葉を、連鎖的に思い出して。――うっかり再生してしまったその音声を、私はぶんぶんと首を振って追い出そうとした。

「――あったみたいだな」
「あ、いや、その! これは……うん」

 思わず取り繕うとして、それが全く意味のないことだと気付いた私は浅く頷く。頬が僅かに熱を持っているのは、極力気にしないようにしよう……うん。

「……俺にも、出来る事なら隠して置きたい事があった。――お前達には知られてしまったが」

「それって……?」

「……それは……その。先月、土盾にバラされた事だ。……つまり、俺が……その、甘い物が好きだという……」

 口にするのも恥ずかしいのか、火宮くんは顔を赤らめて俯く。それを見ただけで、本当に隠していたかったんだというのがよく分かった。

「水霧のように『男らしくない趣味』と切り捨てる気は無いが……それでも、時折恥ずかしくなるんだ。だから、今回も……」

「今回も?」

「――い、いや、何でもない」

 気を取り直すように、火宮くんはゴホン、と咳払いをして。再び前を見据えながら、


「……さっきのお前のように、人は自分が隠したい事について他人から突っ込まれた時――その秘密を守る為に、基本的にごまかそうとする。

――それは矛盾にならないか?」

「え……?」

「恥ずかしい、秘密を死守したい――そんな感情から、本当に思っている事とは真逆の言動をする事があるなら。それは『言葉と行動が矛盾している』と言えるんじゃないか……と、いう事なのだが……」

 「……やはり、上手く説明できない」と、火宮くんはもどかしそうに頭を掻く。

「つまり、俺が言いたいのは……――言動の矛盾なんて、誰にでも有る、よくある事なんじゃないかと……そういう事だ」

 そこまで言って、火宮くんはちらりと私を見る。私がちゃんと理解しているのか、不安げな様子だった。

 火宮くんの言っていることを、自分なりに噛み砕いてみる。つまり、『本心を隠そうとすると言動に矛盾が生じる。それは風羽くんに限らず、誰にだってある』ということ……かな。
 そういう解釈をすると、今まで何気なく言っていた『何でもない』という言葉もある意味、矛盾なのかもしれない。本当は何かしら考えているのに、それを隠そうとしてるって意味で。

 私の解釈を話すと、火宮くんは安堵したように「……そんな感じだ」と零した。

「俺は直接見た訳ではないから、確証はないが――お前が引っかかっている風羽の言動の矛盾も、自分の本心を隠す為のものなのかもしれない。……俺は、そう感じた」

「風羽くんの本心が分からないって思うのは、ある意味で当たり前だった……ってこと?」

「……そういう事になるな。元々、風羽は自己主張をする方でも無ければ、他人に積極的に関わる方でもない。誰に対しても、壁を造っている。

――何も、あいつの本心が読めないのはお前だけじゃないんだ。当たり前の事だと思っていた方が精神衛生上、楽だとは思うぞ」

 ……楽、か……。確かに、そうかもしれない。
 風羽くんの矛盾した言動の数々が、火宮くんの言う通り、自分の本心を隠すためのものだとしたら。私は何度も何度も『ごまかされていた』ことになる。


「……だが。ある意味、お前は風羽にとって特別なのかもしれないな」

「え?」

 火宮くんの呟きに、私は思わず彼を凝視した。あまりに、予想外の言葉だったから。
 私の視線を受け止めつつ、「今までの話を総合すると、その可能性は高いだろう」と火宮くんは続ける。

「……風羽が感情を露わにする所を、俺は見た事はない。恐らく、ここにいる他の誰もが同じだろう。――だが、お前だけは違う。

最終的に拒絶という形になったとはいえ、風羽はお前に対してだけ、感情を剥き出しにして来た。それは、風羽の中にお前への特別な感情があると言っていいだろう」

 ――そう言ったら、そうなのかもしれない……けど。私には、心当たりはない。
 それに――『拒絶』という名の『特別』は……嫌だ。

 私の考えを察したのか、火宮くんは苦笑して。

「あいつの本心を知る為に踏み込むのも、構うなという言葉を受け入れて踏みとどまるのも、俺はどちらでもいいとは思う。――ただ」

 その時、火宮くんの表情が厳しいものへと変わり、私は自然と気を引き締める。


「――風羽の方は少なくとも表面的には、お前とは関わりたくないと言っている。それは忘れない方がいい」

 火宮くんの声色は表情に反して優しかったけれど、その忠告は暗に『覚悟しろ』と言っているようだった。

 ――覚悟。

 本心はどうあれ、風羽くんは自分に構うなと何度も言っている。これ以上彼に踏み込むということは、その意志を無視するっていうこと。覚悟とは、人の気持ちを無視して、自分を通す覚悟をしろってことだ。

 私は考える。風羽くんの意志を無視してまで、自分を通す覚悟があるのか。


 出会ってから、今まで。風羽くんと接してみて感じたこと、彼が言っていたこと、さっき見た感情のカケラ。それらが頭の中に、いくつも流れ込んでいく。

『……なにもかも、嘘で塗り固めて……傷つけて……見てみぬ振りをして……。

……今の僕には……自分の事しか考えられない僕には、何の資格も無いんです……』


 ――嘘を吐いている。何の資格もない。風羽くんは、自分をそう言っていた。
 私に対して吐く嘘に何の意味があるのか、分からない。火宮くんの言う通り、風羽くんの中に私へ吐かなきゃいけない『特別なもの』があるのだろうか。

 なにもかも、分からないことだらけで。――でも、だからこそ、私は知りたいと思った。


「――うん」

 私は立ち止まり、火宮くんと視線を合わせる。

 ――胸の内で決めた覚悟。それをしっかりと伝えるように、強く深く頷いた。



「今日はありがとう、火宮くん。少し、気持ちが軽くなった気がする」

「そうか……役に立てたなら良かった」

 それから間もなく女子寮に到着して。私は火宮くんに頭を下げる。送ってくれたことは勿論、色々なことに対しての『ありがとう』を伝えた。


「……うまく行けばいいな」

 そう言って、火宮くんは安心したように微笑んでくれる。

「……うん。本当にありがとう」

 ――……感謝の気持ちが溢れ出す。それは、何度口にしても足りないぐらいだった。




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