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陽光(リメイク前)
思い至らなかったこと


「――お前達、大丈夫か……!?」

 雨から逃れるため、とりあえず男子寮の軒下へと来た時。ちょうど中から出て来た、二つの傘を持つ火宮くんと出くわした。
 濡れている私達を見た火宮くんは、驚いたように目を見開いて、

「風呂にでも入って、早く身体を暖めた方がいいな……」

「……なら、火宮君は光咲さんを女子寮まで送ってあげて下さい。一人で行かせると、危なっかしく少々不安ですので……。

――僕は、このまま自分の部屋に帰ります」

 言いながら、風羽くんは歩き出す。そして、そのまま男子寮へと入って行った。
 火宮くんの答えを聞かず、私達を一度も振り返らずに。

「……」

 その後ろ姿を、私はじっと見ていた。さっき聴いた、とても小さな――切実な声と。私の身体に触れる、頼りない腕の感覚が、ずっと頭から離れない。

「光咲、傘」

「あ、うん……ありがとう」

 火宮くんは、持っていた内の片方の傘を私に渡してくれた。二つも傘を持っているのかと思えば、どうやら片方は寮にあったもの――誰かが忘れているのか、傘置き場に放置されていた――らしい。

「ごめんね、わざわざ送って貰うなんて」

「いや。気にするな」

 そんな会話をしながら、私達は歩き出す。女子寮は校舎を挟んで向かい側にあるけれど、校舎が広いために距離は結構遠い。
 私達はなるべく早めに、でも足を滑らせたりしないよう、気を付けながら進んだ。


「――風羽とは、まだ微妙な状態か?」

「えっ……」

「……少し前からか、お前達の会話が極端に減ったからな。……喧嘩でもしたのかと思っていたんだが」

 気付いてたんだ……。

「……その顔じゃ、まだ……みたいだな」

 火宮くんは、なぜ私と風羽くんのことに気が付いたのか、詳しく説明してくれた。
 それは極端に会話が減ったことだったり、私が話しかけても風羽くんの反応がもの凄く薄いことだったり。

「お前の話を風羽に振ると、すぐに逸らすか黙り込む。対するお前も、あいつの話になると、途端に口数が減っていた。――何かあると思う方が自然だ」

 ……つくづく、私は感情が表に出てしまうタイプらしい。隠しているつもりが全くダメダメだったことに、内心で溜め息を吐く。
 火宮くん曰く私達のことは、穂乃花たちとこっそり相談していたみたい(土盾くんには、ひとりで突っ走らないよう強く口止めをしつつ)。

 ……私、ずっと自分のことばかり考えていて、気遣われていたのに気が付かなかったんだ……。

「……ごめん。火宮くん達に、色んな迷惑を掛けちゃってた」

「……気にするな……と言っても、無理だろうな」

 その言葉に、私はつい数時間前の火宮くんを思い出す。


『……そう言われて、『分かった、気にしない』と切り替えられると思うか?』

 ――今のやり取りが、まるで焼き直しのように感じた。結論は似ていても、過程はまるで違うけれど。


「……俺の言えた事ではないが……。お前は一人であれこれと考えて、一人で結論を出すタイプに見える。

――だから、思い悩んでいても『誰かに相談する』という思考に結びつかないんじゃないか」

「……そういえば」

 誰かに――相談する。
 そう言われて見れば、私は今までそういうことをしたことが無かった気がする。
 悩んでいても、ひとりで考えて自分の中で結論を出して。それで上手く行っていたから、誰かに相談するという手段がすっかり抜け落ちていたんだ。

 風羽くんのことも、思い出の男の子のことも。この一ヶ月間、悩んでいたのに相談しようなんて一度も思わなかった――。


『考え事? って、何か悩み? 大丈夫? オレで良かったら相談乗るよ?』

 ――……一ヶ月前、土盾くんが言ってくれた言葉。私はあの時、結局それをしなかった。思い出の男の子のことを、土盾くんに相談しなかった。
 すぐに話題が切り替わったからとか、自分のことを話す照れくささとかも、あったと思うけれど。私は無意識に、土盾くんの好意を受け流してしまったんだ……。


「……必ず解決するとは、言えないが。他人に話すだけで、心が軽くなる事もあるだろう」

「……うん。そう……だね」

 傘を握る手に、きゅっと力を籠める。そうして、私は決心した。

 ――今こうして気付かせてくれた火宮くんやみんなに、本当にごめんと心から思う。でも、もう謝るだけは駄目だ。それじゃ、何にも変わらない。

 火宮くんは、悩んでいるなら相談していいと言ってくれているんだ。なら、その好意に甘えてしまおう。悩みを隠して心配ばかり掛けるぐらいなら、ちゃんと向き合って話そう。
 ――私自身が、前に進むためにも。



「――引っかかっていることがあるんだ」

 私は火宮くんに話した。
 それはずっと考えていた――風羽くんの、矛盾めいた言葉と行動。さっきのこともあって、さらに膨れ上がった疑問。

 冷たい言葉を掛けたかと思えば、私の腕を引いてきたり。自分に構うなと言いながら、その声は酷く頼りなくて、心細くて。抱きしめてくる腕は、縋りつくようで。

 ……今思えば、さっきの風羽くんはすごく不安定に見えた。放つ言葉ひとつを取ってみても、まるで懺悔するような言い方で。

 ――……風羽くんの本心は、どこにあるんだろう。それが、彼に対して一番に引っかかっていたことで。一番、どうしたらいいのか分からなくなっていたことだった。


「……そうだな。矛盾、か……」

 火宮くんはそれきり黙り込んで、しばらく雨が傘を叩く音だけが響いた。
 私はそれを聞きながら、火宮くんが再び口を開くのを待つ。



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あきゅろす。
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