陽光(リメイク前)
拒絶と切望
「――なら、……言葉にしましょう。……前にも……土盾君に同じ事を言われましたし。……君も、納得出来ないというのでしょう」
風羽くんの声が、冷気を帯びた気がした。
「……どうして僕が、ここに頻繁に訪れているのか。……君には分かりませんか?
――答えは簡単です。……ここなら、独りになれるからです」
まるで外界から隔離されたような、喧騒とは無縁の場所。風羽くんは、この場所をそう表現した。
風羽くんが言葉を切ったことで、辺りは静まり返る。耳に届いたのは、風に揺れる木の葉が擦れる音と、校庭の方から聞こえる人々の声。でも、後者はとても遠く感じて。
それはまさしく風羽くんが称した通り、『外界から隔離された』ようだった。
「……ですが。……君がこうしてここに来る事で……そんな安らぎも、壊されてしまうんです」
「……!」
「……君に悪気が無いのは分かっています。なので、今はっきり言いましょう。
――……君に構われるのは、迷惑なんです」
――迷惑。その言葉が、耳に届いた瞬間。ガンと頭を殴られたような衝撃が走った。
「もう……いい加減に、察して下さい」
風羽くんの腕を掴む力が、無意識に緩んでいく。
頭の中で、何度も彼の言葉を再生して。そしてその意味を、再生した数だけ私は思い知った。
それは単純な――拒絶。
きっと、多くの理由なんていらないんだ。最終的に人への好き嫌いなんて、理屈じゃなくて感情なんだから。
『どうして私だけを避けるのか』、そんな風に思っていた私は――それに気が付いていなかった。風羽くんに嫌われているんだと、そう思いたくなかったから。
ようやく現実を痛感した私は俯く。今は後ろ姿でさえ、風羽くんを見ているのが辛かった。
……胸が、苦しい。
「――……あと、どれだけ言葉にすれば……いいのですか」
「え……」
どのくらい、沈黙が続いただろう。ふいに、風羽くんは口を開く。
対する私は、思わず顔を上げた。それは、風羽くんに今までとは違う雰囲気を感じたからだ。
微かな、すぐに風に流されてしまいそうな、頼りない声。
――そう。私はその声に、『頼りない』という印象を持った。
淡々と話す風羽くんの声に――確かな感情を見つけた気がしたんだ。
「……君を、あとどれだけ傷つければ……」
次の言葉は、私には聞こえなかったけれど。……まるで、道を見失った子供みたいに。その姿は、小さく見えた。
「……僕は……」
その時。空から落ちた小さな雫が、私の頬に当たって。それはあっという間に、聴覚を埋め尽くしてしまうほどに激しくなっていた。
……雨だ。
「……」
「あ……」
再び口を閉ざして、風羽くんが早足で歩き出す。私は思わず手を伸ばしたけれど、彼を止める資格は自分にはないと思い、すぐさま引っ込めた。
「……何をしているのですか」
でも……どうしてだろうか。少し焦ったように言いながら、風羽くんは私を振り向くと。
「……!」
――……私の腕を引いて、駆け出していた。
(……どうして?)
私は心の中で呟く。――どうして、私を連れて行くんだろう。わざわざ、一緒にいたくない相手の腕を取ってまで。
風羽くんの手には、力が籠もっているけれど。それは痛みが走るような強さじゃなくて、むしろ優しい――労るような、そっと包み込むようなものだった。
それは、彼がさっき私に言った『本心』とかけ離れた――矛盾した温もりに、感じられて。私は余計に混乱させられる。
「あっ……!」
その事ばかり考えていたら、足元への注意が疎かになっていて。私は盛り上がっていた木の根に躓いて、バランスを崩してしまった。
「っ……!」
最初に聞こえたのは、なにかが地面に落ちる音。そして、前のめりに倒れかける私が次に感じたのは――……。
「……か、ざ……はね、くん?」
――何が起きたのか、しばらく分からずにいた。
全身に、どこか安心するような温かさを感じながら。
時が止まったように、私は茫然としていた。
ざあざあと降りしきる雨は、さっきよりも勢いを増してるのか、やけに耳に響く。まるでこの空間だけ、世界から切り取られてしまったかのように感じた。
「…………怪我は……絶対にしないで下さい……!」
絞り出すような、苦しげな声が、すぐ傍から聞こえる。間違いなく、その声は風羽くんのものだった。
行き場なくさまよった視線が、ふいに捉えたのは、地面に落ちている本。さっきまで、風羽くんが持っていたものだ。
それがなぜ、乱雑に開かれた状態で捨てられているのか。持ち主である風羽くんは、どこにいるのか。
――……その時ようやく、私は――風羽くんに抱き締められていたことに気が付いた。
「……お願いします……」
私の背中に回された風羽くんの腕に、僅かな力が籠もる。でも、痛みはなかった。
……雨に濡れて、風羽くんの身体はどんどん冷たくなっているはず。けれど、触れ合っているところは温かくて。
早鐘を打つ鼓動は、どっちが発しているものなのだろう。
空気に溶けて消えてしまいそうな、風羽くんの切望する声。
それを聞くと、どうしようもなく胸が締め付けられた。
「……僕は……どうすればいいのでしょうか……?
……どうすれば、君は諦めてくれますか……?」
「……風羽、くん……?」
風羽くんが何を思って、そう言っているのかは分からない。
でも、さっき発した、私への冷たい言葉。あの時と今では――声から雰囲気まで、なにもかも違うと思った。
今の風羽くんは本当に弱々しくて。私を抱き締める腕も、まるで縋っているかのようだった。
――もしかして、風羽くんは泣いているんじゃないか。そう考えてしまうほどに。
「……なにもかも、嘘で塗り固めて……傷つけて……見てみぬ振りをして……。
……今の僕には……自分の事しか考えられない僕には、何の資格も無いんです……」
雨は止まない。
「……ですから……」
そのとき私は、なにも言えなかった。口が張り付いてしまったように、動かなくて。
……風羽くんが何か辛い想いをしているのは、伝わるのに。
『資格がない』――その言葉は、私にも当てはまっているように思えた。
風羽くんの、きっと偽りないだろう本心を聞いても、なぜそんなことを言うのか……私には理由が分からない。だから私も、彼に何かを言う資格なんてないように、感じてしまって。
私が出来たのは。ただ耳を澄ませ、雨音にかき消されてしまいそうな風羽くんの声を――聞くことだけだった。
「…………もう、僕に構わないで下さい……」
拒絶の言葉。それは、さっきと同じもののはずなのに。――どうして、こんなにも違うように聞こえるんだろう……?
「…………行きましょう。……風邪を引きます」
風羽くんの腕が、静かに離れて。私と一度も目を合わせることなく、背を向けてそう言った。
そしてそのまま、早足で歩き出す。
――今度は、腕を引かれることもない。さっきまで感じていた温もりは、もうどこにもなかった。
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