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陽光(リメイク前)
本当の顔

「――光咲? ……大丈夫か?」

「あっ、……えっと、……あはは」

 また考え込んでしまっていた。火宮くんは、私を心配そうに見つめている。『大丈夫か』という言葉に、私は何も返せなかった。

『……その言葉を……本心から言っているというのなら。……大丈夫ではない時に、大丈夫と言わない事です』

――風羽くんが言ってくれたことが、頭にちらつく。

『……さっきまでの君は――とても大丈夫には見えませんでしたから』

 その言葉に、私はすごく嬉しくなって。救われた気持ちでいたのに。今は、思い出しても胸をちくちくと刺す痛みが増すばかりだった。


「……全く大丈夫じゃなさそうだな」

「……ごめんね。でも、火宮くんは何にも悪くないから。私の、個人的な問題だからさ」

「……そう言われて、『分かった、気にしない』と切り替えられると思うか?」

「……ごめん」

 正論に、私は謝ることしかできない。……申し訳なさが募っていく。
 火宮くんはどちらかというと物静かな方で、土盾くん達の雑談を聞く立場になることが多い。本人曰く、話すのが苦手だと。
 でも、傍観することが多いからこそなのか、火宮くんは人のことをよく見ている。

 この前も、授業に使った魔導器――マナを凝縮した魔石を動力にしている、様々な器具の総称――を片付ける時、区分がわからなくて一人困っているクラスメイトを、さり気なく助けていた。
 あと、グループ内でも暴走しがちな土盾くんや優次くんを、こっそりフォローしたり。
 どうやら基本的に、表立って何かをやるのは苦手らしく。一対一での方が、ちゃんと話せるタイプみたいだ。

 そんな性格に反して、火宮くんは女子にモテてるし成績も良いから、どうしても目立ってしまうんだけれど……これは仕方がないことだと思う。


「――いや、いい。俺も、だからといってお前から強制的に何かを聞き出すつもりはない。……それに……」

「それに……?」

 と、火宮くんの表情が変わる。何かを考え込んでいるような、渋い顔へと。

 どうしたんだろう。少し戸惑っていると、火宮くんは。


「光咲。――この後、時間は空いてるか?」

 教室の喧騒に紛れ込んでしまいそうな小さな声で、そう言った。



「…………ふう」

 私はひとり、溜め息を吐く。目の前にある、レンガに囲われた茂みを見つめながら。

 ――そう。ここは、風羽くんと初めて会った場所だ。このレンガを乗り越え、茂みを抜けると。いくつもの桜の木が立ち並ぶ、あそこへ出る。


 なぜ、ここまで来たかというと。火宮くんに、頼まれたからだ。
 火宮くん曰く、私と風羽くんのふたりに頼みたいことがあるみたいで。火宮くんが男子寮に風羽くんがいないか確認している間、私は一応ここを見ることになったんだ。

 ――正直、気が重くて。この場所と男子寮は近いんだし、出来れば火宮くんに一緒に来て貰いたいという気持ちが少なからずあったけれど。
 でも火宮くんは、男子寮に風羽くんがいるにしろいないにしろ、どうやら一度自分の部屋に戻らないといけないらしく。結局、別行動をすることになった。


「……」

 ……ここに、いるのかな。

 私は、なかなか一歩を踏み出せない。いて欲しいという気持ちと、いて欲しくないという矛盾した気持ちが、心の中で渦巻いていた。何も考えず、ぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいに。


 いて欲しい理由は、なぜ急に避けられるようになってしまったのか、理由が知りたいから。

 いて欲しくない理由は、みんながいる時でも素っ気ないのに、ふたりきりで会ったらもっとあからさまに避けられるんじゃないかと思っているから。……つまり、怖いんだ。

 私には、風羽くんの考えていることは全く分からない。優しいところと、拒絶してくる態度。どちらが本当の顔なのか、分からない。

 無感情な顔、瞳、声。この中に、風羽くんの本心はあるのかな――……。


「……いい加減、行こう」

 私は思考を打ち切って、一歩を踏み出す。
 気は進まないけれど、今回は私だけの問題じゃない。それに、憂鬱な気持ちを抱えて、ここでずっと足踏みしていたら、火宮くんにまた心配を掛けてしまう。

 頭の中で、風羽くんへ伝える言葉を並べながら。

 私は、茂みの奥へと進んだ。



 ――……花の散った桜が立ち並び、草のにおいが漂うこの場所に。
 やっぱり、風羽くんはいた。


「……!」

 踏んだ小枝が、ぱきっと音を鳴らす。それに反応して、いつも通り本を手にする風羽くんは顔を上げた。

「あ、あの……風羽く」

 遮るように、広げた本が勢い良く閉じられる。私にはその音が、すごく大きく聞こえて。心の中が、またざわめいた。

「……」

 風羽くんは無言で立ち上がり。本を小脇に抱えて、こっちへ歩いてくる。

 ――私の傍を通り過ぎて、ここから立ち去ろうとしているんだ。


「……どうして……」

 思わず、声が漏れた。
 淀みない足取りで歩く風羽くんの姿に、どうしようもなく胸が締め付けられる。

「……」

 風羽くんは何も答えない。私の方をちらりとも見ずに、通り過ぎようとする。

「――待って! 待ってよ……!」

「っ……!」

 そう叫びながら、私は風羽くんの腕を掴んで無理やり引き止めた。風羽くんは一瞬だけ、声を漏らしたけれど。こっちを振り向いた時には、いつものごとく無表情だった。

 ――でも。同じく普段通りであるはずの、虚ろな眼差しは。『早くその手を離せ』と、私に訴えかけているように見えた。


「……私、風羽くんを怒らせるようなこと、した……?」

 もしそうなら、謝るから。

「ちゃんと、言ってよ。言葉にしてくれなきゃ、分からないよ。……黙って無視だなんて、」

 悲しすぎる、よ。

「……」

 言葉を詰まらせた私に、何を思ったのか。
 風羽くんは私から視線を外して、小さく呟く。



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