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陽光(リメイク前)
拝啓、〇〇様


「――よーし!」

 土盾くんと別れた後、学園のすぐ傍にある雑貨店に寄ってから、私は自分の部屋に戻ってきていた。
 机に向かう私の目の前にあるのは――雑貨店で購入した、真新しい便箋。真っ白で水色のラインが引いてある、シンプルなものだ。


 あれから考えた結果、私は思い出の男の子へと手紙を書くことにした。書いた手紙は、木梨先生に渡して貰えるように頼むつもり。先生は彼のことを知っているのは確実なんだから。
 渡して貰えるかは、分からないけれど……一生懸命、頼み込むしかない。


「えーっと、まず書き出しは……」

 拝啓、思い出の男の子様……って書けるか恥ずかしいっ! そんな手紙を送られた方の困惑が目に浮かぶわ!
 彼の名前を知らない以上、『拝啓、〜様』という冒頭には、普通に考えて出来ない。ううぅ……さっそくつまづいてしまった。

「……うーん……」

 うんうん唸ったあげく、私はとりあえず『そもそも手紙に何を書きたいのか、何を伝えたいのか』を纏めようと思った。
 授業で使っていたメモ帳を鞄から出して、そっちにあれこれ書き込む。


 まずは、七年前に会ったことを伝えなくちゃ。彼の方が、私を覚えてるとは限らないんだし。
 そうして――あなたに一目会いたいと。会って、ちゃんとあの時のお礼が言いたいと書かなくちゃ。

 ――……癒しの魔法の『枷』を知ったことについては、どうしよう。書いたところで、逆に嫌な思いをさせてしまうんじゃ……。

 ……でも。もし、それを書かなかったとしたら。例えその後に会えたとしても、彼は私が真実を知らないと思って気を遣うかもしれない。そして私も、人の秘密を知っていて黙っていることに罪悪感を覚えるんじゃないか。

「――よし。うん、大丈夫!」

 きっと、書いた方がいい。私にとっても、彼にとっても。
 私は緊張している自分を勇気付けるように、『大丈夫』と唱えた。



 ――それから一時間後。書く内容について纏めた私は、メモ帳に書いた文章を便箋に下書きする。一文字ずつ丁寧に、気持ちを込めて。

「……い、いよいよ本書き……」

 ペンを握り、深呼吸。……落ち着け私。
 うぐぐ……どうしても緊張してしまって、ペン先がプルプルしてしまう。綺麗に書かないと……ああでも、震えが止まってくれない!

 数分間、私は自分の震えと格闘して。ようやく、便箋の一文字目にペン先を置いた。

「……よ、よし……いくぞ……いくぞ……!」

 後はこれを動かすだけ――!


「ひなたー、いるー?」

「ぎゃああああっ!?」

 ペンを走らせようと力を込めた、その瞬間。部屋の外から聞こえた穂乃花の声に、私は女らしからぬ悲鳴を上げた。

 そして――見るも無惨。力の入った右手は、ペンを握り締めたまま勢い良く便箋に走っていて。あんなに真っ白だった便箋には、豪快な縦線が伸びていた。

「えっ、え? なに、どしたの?」

「あ……あああああ……」

 穂乃花の戸惑う声が聞こえるけれど、私は今それどころじゃない。足元から地面が崩れ落ちていくような感覚がする……。



「――あー、そうだったのかあ。ごめんねぇ、タイミング最悪で」

「……謝る気、ある?」

 書いていた手紙を引き出しに隠して、穂乃花を部屋に入れた。並んでベッドに座り、今起こった悲劇について説明すると、穂乃花は明るい調子で謝ってくる。ううぅ……恨めしい。

「おっと、こりゃ本気で怒ってるな……ごめんごめん。ホントに」

「……いいよもう。仕方ないことだし、もうどうしようもないし……」

 私が思わず睨むと、穂乃花は最初よりは心の籠もった謝罪をくれた。

 ――はぁあ。でもいくら仕方ないこととはいえ、ちょっとへこんでしまう。


「あらら……珍しいね。ひなたがそんなに落ち込んだり、はたまた怒るなんて」

「……そう?」

「そうだよ。まあ、あたしはまだ付き合い浅いけどさ。でも、今日みたいなひなたを見るのは初めてだよ。――普通のいい子ちゃんかと思ってたけど、そういうトコもあるんだねえ」

「……誉めてるの、それ?」

 地味に棘のあるような口調に、私は目を細める。けれど穂乃花は気にした様子もなく「誉めてる、すっごい誉めてるー」とからかい混じりの声を上げた。


「――ところで。そんな普段は品行方正、温厚なひなたちゃんがそこまで必死になる、その手紙の相手――あたしはものっすごく気になるなあ?」

「へっ?!」

 ちょ、ちょちょちょちょっと待って! なんかいやぁな流れになってきたような……!

「ねぇねぇ、その手紙は誰に送ろうとしてるの? まさかここまでやって家族だなんてつまんないオチじゃないよね」

 ――ぐ、ぐいぐい迫ってくる! 怖い!

「い、いや、その……ていうか穂乃花、私に用があって来たんじゃなかったの!? 手紙のことよりも、まずそれを」

「ご安心あれ。ただ暇つぶしに来てみただけだよん」

 うぐっ……話逸らし失敗……!

「ほらほら、吐いたら楽になるよー」

 追いかけてくる穂乃花から後ろ向きに逃げる私だけど、すぐに壁まで追い詰められてしまった。


「ね、教えてよ。ひーなーたちゃん?」

 ――ああ……どうしてこんなことに。

 顔を思い切り寄せ、可愛らしくお願い(脅し)してくる穂乃花に、私は肉体的にも精神的にも、逃げ場を無くしたことを知ったのだった――……。



「ふーん、なるほどねえ。顔も名前も思い出せない恩人の男の子に、手紙を送ると……」

「な……なに」

 にやにや笑いながら横目で見てくる穂乃花に、私はまたしても嫌な予感がした。これは間違いなく、人をからかう時の顔だ……!


 ――そして。何をからかわれても取り乱さないよう、密かに身構える私に。穂乃花はこの日、いや出会ってから一番大きな爆弾をぽいっと投げてきた。



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