陽光(リメイク前)
安らぎの時
――保健室のあった一階から二階へと移動する。特に目的地はなく、歩きながら考えたかったんだ。
風羽くんのお陰で前向きになった心は、次に自分がやるべきことについて思考を巡らせていた。
思い出の男の子は今、何かしらの枷を負いつつ、この学園で過ごしている。彼に対する罪悪感は無くなったわけじゃない。けれど、だからこそ私は『彼に会いたい』と思った。会って、感謝を伝えたい。一方的な感情でも、それでも――そうしたいと思ったんだ。
彼に関する手がかりは少ない。顔つきも思い出せないし、声質もぼんやりとだけ。全体的にまるで靄がかかったように、記憶はあいまいだ。
木梨先生と話したことで他に分かったのは、彼が何かの枷を負っていること。そして彼が、確実にこの学園にいるということ……。
「うーん……」
壁に寄りかかって、近くにある窓の外を眺めながら。私は考え込んでいた。
――すると。
「あっ、ひなたちゃん!」
「土盾くん」
どたどたと走り寄ってきた土盾くんは、いつものように元気オーラ全開で。最初はついていけないように思っていた私も、最近は慣れて微笑ましささえ感じるようになっていた。
「こんなところでどうしたの? 何だか難しい顔してたけど」
「えっ、あー……」
さっき風羽くんに見破られた件といい、私は自分が思っていたより顔に出やすいみたいだ……。
「……うん。ちょっと、考えごとしてたかな」
正直にそう答えた私に、土盾くんは目を見開いた――かと思うと。急に顔をずいっと近付けてきて。
「考え事? って、何か悩み? 大丈夫? オレで良かったら相談乗るよ?」
「ちょ、ちょっと。分かったから、いきなり顔を近付けないでびっくりするからっ!」
「あっ、ゴメン!」
まくし立てるようにしゃべる、プラス近付いてくる顔の威圧感は結構すごかった……。
慌てた様子で顔を引く土盾くんに、(親切心だろうから申し訳ないけど)私は安堵の息を漏らした。
「本当にゴメン。オレ、昔から遠慮がないとかデリカシーがないって言われるんだよね。――この間もさ、陸に『少しは人の都合を考えろ』って怒られちゃって……」
私に両手を合わせ、土盾くんはまたしてもしゃべる、とにかくしゃべる。
遠慮がない、デリカシーがない、かあ……。まぁ確かに、土盾くんには強引なところがあると思う。
そのまっすぐさは、この間の風羽くんの件のようにいい面でもあるけれど。出会った頃にいきなり手を引かれた時は、あまりいい気はしなかったしなぁ……。
「……ねえ、ひなたちゃんもそう思ってる? オレ、考えなしかな?」
うっ。土盾くんの顔が、何だかしょんぼりした風で。思っていたこととはいえ、地味に言い辛い。
とはいえ、ここで何も指摘しないのはどうかと思うし……多少オブラートに包んで言おう、うん。
「えーっと……全く考えなしとは言わないけど。……少し、強引というか。落ち着いて考えて欲しい時はあるかな……」
「……それって、どのくらいの頻度で思う事?」
「毎日……かな」
――ってオブラート突き破ってるじゃん私!
「ま、マジかぁ……」
ショックを受けたようで、土盾くんはがっくりと肩を落とす。普段から明るいだけに、この暗さはギャップがすごい……。
「ご、ごめんね土盾くん。つい正直に言っちゃった――って違うちがう! ついつい言い過ぎちゃった! ホントごめんね!」
ああ、もうこれは無理だ……取り繕えるレベルを軽く超してしまった。本当にごめん、土盾くん……。
恐る恐る土盾くんの顔を窺う。と、彼は意外にも笑っていた。
「いや、いいよ。寧ろ、ひなたちゃんが正直に言ってくれて嬉しい。気を遣わせちゃってごめんね」
「土盾くん……」
土盾くんは、たぶん私と同じで感情が顔に出てしまうタイプなんだと思う。笑ってはいるけれど、無理をしてる感がありありと出ていたから。
『……その言葉を……本心から言っているというのなら。……大丈夫ではない時に、大丈夫と言わない事です』
――……風羽くんが言ってくれた言葉を思い出す。そうだ、今の状況はあの時と同じ。目の前にいる土盾くんは、ついさっきの私なんだ。
「……無理しないで」
「えっ?」
私は、自然とそう口にしていた。うまく言葉を並べられる自信はなかったけれど、今言わなかったら、きっと後悔すると思ったから。
「いくら正直に言って欲しいと思ってても、いきなりああ言われたら、内心ショックを受けても仕方ないと思う。……だから、ごめん。
――土盾くんは、確かにちょっと強引だと感じる時もあるけど……何より、まっすぐで正直なのはすごく良いところだから。ショックだと思ったら、それを隠して無理しないで、素直に口にしていいと思うよ」
「ひなたちゃん……」
土盾くんは茫然としたように呟く。私の考えていること、伝わったかな……。
「……うん、そうだね。オレさっき、めっちゃくちゃショック受けてた」
しばらくの間を置き、土盾くんは苦笑いを浮かべた。
「でも、ありがとう。ひなたちゃんの言葉、すっごく沁みた」
そう言った時には、土盾くんの表情は晴れやかなものになっていて。私も、釣られるように笑った。
「今まで、反省しろとは言われたけど。……無理しないでなんて言われた事、無かったんだ。だから、何だか新鮮でさ。……凄く嬉しかった」
「……そっか」
「うん。……あの、さ」
いったん言葉を切った土盾くんは、急に深呼吸を始める。そして、五回目に息を吐いた時。意を決したような真剣な表情で、私を見据えた。
「――オレ、これからも色々とやっちゃうかもしれない。でも、もし何か嫌だなとか、オレが間違ったことをやってると思ったら……遠慮なく言って欲しい。
ひなたちゃんが言ってくれたら、オレ、頑張れるような気がするからさ」
……土盾くんが元気を取り戻してくれたのは、もちろん嬉しい。……でも、そんな風に言われるのはくすぐったい感じがした。
「あ、あの。……出来れば、風羽くんや火宮くん達の言うことも聞いて欲しいかな……なんて?」
「えー、でもさー」
照れくさくなった私の発言に、土盾くんはからかうような、子供っぽい笑みを返してきた。
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