陽光(リメイク前)
救いの代償
「――まず前提として、マナと呼ばれる魔力にはそれぞれ属性があるのは座学で習っていると思うわ。火、水、風、土の四大属性を始めとした六つのことね」
「はい」
それは、一番初めの授業で習ったこと。魔法に関する、最低限の知識。
淀みなく答えた私に、木梨先生は満足げに頷きながら、
「癒しの力はね、それらとは少し違うのよ。――例えば、火を起こすなら火のマナだけを利用すればいい。でも癒しの魔法は違う。
癒しの魔法は――全てのマナを使うのよ」
「全ての……マナ?」
「そう」
木梨先生が言うにはこうだった。癒しの魔法の原理は、術者が持つ六属性すべてのマナを利用し、傷ついた人間を癒す。それは傷を『治す』というより、『なかったことにする』という方が近い……と。
「――癒しの力はある意味『自然の理を覆している力』なのよ」
自然の理を覆す力――それは多分、傷をなかったことにするっていう規格外の力を表現する言葉なんだろうけど……何だか、あまり好きになれないな。
「……でも、それはすごいことじゃないですか。自然の理とか、難しいことは正直よく分かりませんけど……でも、私はその力に助けられたんです。だからすごいなって、私は単純に、そう思います」
傷を跡形もなく治してしまう力なんて、ものすごく便利じゃないかと私は思う。だってそれは、傷ついて死んでしまうような人が、何人も助けられるってことだし。
……私は、そんな力に助けられたんだ。
あの日受けた傷自体は、あれだけで死ぬような大したものじゃなかったかもしれない。でも当時の私は、あのまま本当に死んでしまうんじゃないかと不安だった。
……あの男の子は、そんな私を助けてくれたんだ。傷だけじゃなくて、心も……救われた。
――やっぱり、私は思い出したい。あの日出逢った、彼のことを。
そう、決心を固めたときだった。
「――力だけなら、この上なく便利なんだけれどね」
「……え?」
私は見た。笑みを消した、木梨先生の顔を。
木梨先生は厳しさを感じるほどの真剣な眼差しで、私を見据えて。
「自然の理を覆して、誰かを救った結果……術者には枷が付けられるの」
「か、せ?」
不穏な単語に、私の鼓動はだんだんと早く、大きな音になっていく。
「そう。それは、永遠に術者を縛り付ける枷。力を使えば使うほど、どんどん強く締め上げられる」
「……そ、それって、どんなものなんですか……?」
気が付けば、私は無意識に胸に手を当てて。跡がついてしまうぐらいに、服を強く握り締めていた。
――聞くのが、怖い。でも、聞かなきゃいけない。そんな矛盾した感情が、心の中で渦巻く。
「――……例えば、力を使う度、次第に声が出なくなったり、視力が衰えていったり……そういったものよ」
「……!!」
木梨先生が告げてきたのは、私にとって重すぎる現実だった。
声が出なくなる、目が見えなくなる――上げられたのはどれも、生きていくうえでは大切なものばかりで。失ったらどんなに辛いのか、私には想像もつかないことだった。
「枷は、人によって違うものなの。だから一概にこうだとは言えないわ。基本的にはあまり良いものではないけれど、それを上手く利用して生活している人もいる。――皆、割り切って生きているのよ」
先生は笑みを浮かべる。それは、ここに来た私を出迎えてくれたときと、全く同じものだったけれど。私は、ひどく寂しい気持ちになった。……割り切って生きている、その言葉が『諦めている』と同じように聞こえたからかもしれない。
――割り切って、生きている。それは目の前にいる木梨先生も同じで。――あの日の男の子も……?
「そんな悲しそうな顔をしないで……なんて、無理かもしれないわね。ごめんなさい」
「い、いいえ……先生が謝られるようなことじゃないです」
慌てて首を振る私に、木梨先生は寂しげに笑って。
「このことは、本来ならもう少し後の授業で習うことだけれど。聞いた人は皆、今のあなたみたいな顔をするの。……仕方のないことだわ」
「……」
ついに、言葉が何も出て来なくなってしまった。
――つらいですかとか、先生にも枷があるんですよねとか。言ったところで逆に傷つけてしまいそうな陳腐な言葉すらも、私の頭には浮かんで来なかった。
「――あら、もうこんな時間ね。それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか。
……でも、最後にもう一つだけ」
木梨先生は、私をじっと見つめる。顔には、柔らかい笑みを湛えたまま。
「――……あなたの捜している子は、間違いなくこの学園にいるわ」
「――! ……え、でも、さっき……」
力を持つ生徒については教えられないと言っていたのに……。
戸惑う私に木梨先生は、
「伏せなきゃいけないのは、術者の特定に繋がる名前とかの情報よ。光咲さんの捜している子がこの学園にいるかいないかぐらいは、言ったって問題ないわ」
小さな女の子みたいな、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、木梨先生はウィンクした。
「ほら。嬉しい時は嬉しいって、素直に思っていいのよ」
――……いるんだ、この学園に。あの日の男の子が。
「……」
……でも、気分はあまり上昇しない。
嬉しいという気持ちは、確実にある。けれど……さっき先生に聞いた話が尾を引いていて。素直に喜んでいいのか、私には分からなかった。
そんな私の不安を包み込むように、木梨先生は変わらない笑顔で言う。
「あまり、気を落とさないでね。……きっとその子は、あなたが落ち込むことを良しとはしないだろうから」
「そう……でしょうか……?」
「ええ、そうよ。だって、傷ついて泣いていたあなたに『大丈夫』って言ってくれた子なんでしょう?」
――私の記憶の片隅。僅かに、けれど鮮やかに残るあの男の子の言葉。泣いていた私に『大丈夫』と言ってくれた、優しい人。
枷のことを知り芽生えた、そんな彼に対する罪悪感。それを癒すように、木梨先生は真摯に言葉を投げかけて来てくれる。
「……ありがとうございます」
気持ちの整理はまだつかないけれど、精一杯の感謝は伝えたくて。私はなんとか笑みをつくりながら、そう言った。きっと無理しているのはバレバレだろうけど、追及はしない先生の優しさに、熱が胸にじんわりと沁みてくる。
「どういたしまして。
――また、いつでも来てね。悩み事でも何でも、相談に乗るわ」
――……最後に、そう言って私を送り出してくれたのだった。
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