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陽光(リメイク前)
聞きたいこと


「――あらあら、どうしたの?」

 この学園に入学してからの、初めての休日である土曜日。私は保健室へと足を運んでいた。

 特に何か怪我をしたわけでもない、かといって気分が悪そうでもない様子の私に、養護教諭の木梨理香子(きなし りかこ)先生は首を傾げる。

「すいません。今、少しお時間……大丈夫でしょうか」

「あら、いいわよー。見た所、新入生よね。名前とクラスを教えて貰える?」

「光咲ひなたといいます。クラスはC組です」

 私の名前を聞いた木梨先生は、「C組の光咲さんね」と手元のノートに何かを書き込む。先生曰く、ここに来た生徒の顔と名前を一致させる為、個人的に作っている記録帳みたい。

 木梨先生は入学式で顔を見たことはあったけど、直接こうやって話すのは初めてだ。
 ここに来るまで、少し緊張していたけれど。先生は何だかふんわりとした、優しそうな雰囲気で。抱えていた緊張も和らいだ気がする。

 私は木梨先生に促されて、先生の正面にある椅子に座った。

「さて、どうしたの? 先生に何か聞きたいことがあって、ここに来たのよね」

「はい。……あの、聞いた話なんですが。木梨先生は、――傷ついた人を魔法で治すことが出来る……んですよね」


 そう。私が聞きたかったこと、それは七年前に出逢った、思い出の男の子に関することだ。

 七年前、私が目にしたあの魔法。あれと同じ力を使える人はそういない。けれど、この明坂学園の養護教諭である木梨先生は、その力を持っている。私はそれを、図書室にあったあの本で知った。

 『――学園の養護教諭には、癒しの力を持つ人間が選ばれる』、と。


「あらあら、勉強熱心ね。治癒の魔法に関しては、まだ入学直後には習わない筈なのに」

 「感心感心」と私に笑いかけた木梨先生は、やがて「うん。その通りよ」と頷いた。
 その無邪気な女の子のような笑顔に、私は罪悪感のようなものを覚えて。恐る恐る、本音を告げる。

「……誉めて頂けるのは、嬉しいんですけど。別に私、勉強のつもりで調べてたわけじゃないんです。

――その力を持っている人が、この学園にいないか……それを先生に聞きたかったんです」

 少しためらう気持ちもあったけど、それを聞くためにここまで来たんだからと、私は勇気を振り絞って本題を伝えた。

 ――この学園に、七年前に逢った思い出の男の子がいるとしたら。学園側はきっと、数少ない癒しの力を持つ彼のことを把握しているんじゃないか。同じ力を持つ養護教諭の木梨先生なら尚更、知っているのでは。

 そう考えて、私はここへやって来た。本当はすぐにでも来たかったけれど、今まで何だかんだ慌ただしくて、なかなか時間が取れなかったから。
 今ようやく、男の子との再会という目的に向かって、第一歩を踏み出したことになる……のかな。


「――どうして、それが知りたいの?」

 本題をぶつけて、また緊張がぶり返してきた私と比べて。木梨先生はさっきまでと全く同じ、優しそうな空気を醸し出していた。

「理由を聞かせてくれる?」

「……はい」

 話の流れでそうなることも想定はしていた。だから特にためらいもなく、私は七年前の出来事を話した。……おぼろげな記憶の中にいる男の子に対して、私がどう思ったかとか、そういう個人的なことは言わなかったけど。


「……なるほどね」

 私の話を静かに聞いてくれた木梨先生は、そう呟いた。そして――そのとき初めて、木梨先生は笑みを崩して。困ったように、眉を下げながら。

「……始めに、謝っておくわね。個人的には、ちゃんと教えてあげたいのは山々なんだけれど。光咲さんが知っている通り、癒しの力を持つ人間は希少な存在なの。

だから、その力を持つ人に関する詳細は、いち生徒には教えられないのよ。――ごめんなさい」

「……そう、ですか」

 先生の答えに、私は思わず気落ちしてしまう。こうなる可能性も考えていなかったわけじゃないけれど、やっぱり期待の方が大きかったから。

「一般生徒に公表してしまうと、やっぱり問題の種になってしまうのよ。力を持つ生徒に対して嫉妬したり、脅して力を悪用しようとする生徒も出て来てしまうから」

 この学園を創立する前も後も、そんなことが何度となくあった――そう木梨先生は続けた。

「……勿論、光咲さんがそうするって言っているわけじゃないのよ? 決まりに例外をつくってしまうと、秩序に乱れが生じる――それはこの学園が培ってきた歴史の中で、学んできたことの一つなの」

「……」

 ……反論なんて、出来るわけない。木梨先生の言っていることは、最初から最後まで正論だった。

 この学園が培ってきた――何百年もの歴史。それは途方もつかないほどの長さで、今まで意識したことなんて一度もなかった。

 ――けれど今、木梨先生から話を聞いて。歴史の重さというものを、私は初めて意識した。


「そう……ですよね。よく考えてみれば、当たり前のことでした。……すみません」

 心の奥にずっしりと、のしかかってくるような重み。そのショックはどうやったって隠せる自信はなかったけれど、私は木梨先生に『納得した』と伝える為に、そう言った。

 そして、そのまま「ありがとうございました」と退出しようとした――時だ。


「待ちなさいな。まだ話は終わっていないのよ?」

「え?」

 立ち上がりかけた私の腕を掴んで、木梨先生はにっこりと笑いかけてきた。
 半ば引っ張られるように椅子に座り直した私は、疑問符を浮かべながら木梨先生を見つめる。


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あきゅろす。
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