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SHORT
Give Sounds Beating! (iphone、スマホ用)


「――出てってよ!!」


と言われたのは他でもない、俺の隣人だ。

また始まったか、とため息を漏らさずにはいられない。夜は隣から聞こえてくるジャズピアノが静かな夜を癒し楽しませてくれるが、朝はけたたましい女の癇癪声がモーニングコールの日常茶飯事な傍迷惑。
今日も今日とて朝っぱらから隣人のお宅ではハッスルだ。てかハッスルって脇締めたり開いたりするやつだよな。擬似屁を楽しめるという。あ、片手は脇の下に添えるんだった。ああ、もう、ハッスルなんかどうでも良い。とにかく眠い。眠いぞ俺は。朝の7時はまだ布団の中でぐっすりが基本だろう、そうだろう隣人。分かっておくれよ。頼むぜ、おい。

「この*****がっ!」

まじかよ。とんでもねぇ女だな。

俺は哀しい、哀しいぞ!

男はいつまでも女に夢と希望を抱いているんだ。可憐で素直で優しくて料理上手で俺にぞっこんな巨乳美女。THE 理想。その胸は俺専用の枕で……といった具合に高い理想を持ちたいものだろう。そんな恐ろしいことをオンナに言わせる隣人よ、あんたは一体何をしたんだ。俺にも身に覚えがあり過ぎて恐ろしきトラウマが蘇る。
身震いは寒さの所為だけではない気がするが、頭の上まで布団をかぶり直して静寂と暖を取る。
隣りとこちらを隔てる壁はそんなに薄くは見えないのに、案外安っぽく出来ているらしいことはお隣さんが越してきてから分かったことだ。
前に住んでいた可愛い女子大生は静かなもんだった。偶に彼女と合う目は分かりやすい程に胡乱げだったけれど。切ねー。


「キーーッ!」

やっぱり騒々しい。

しかもヒステリーかよ。

いや、俺もお笑い見てる時の笑い声とか、ギターの練習とか、友達呼んだときとか騒いじゃって後から申し訳なく思う時だってあるさ。だけど、女の叫び声ほど煩いものはない。というか心臓にクる。ちゃんと女くらい清算しとけよ。

「―――!!」

ああ、くそっ! この俺とて我慢の限界だ。やる時はやる男だからな、俺は。
被っていた布団を蹴り上げ、勢いに任せて壁に向かって足を振り上げる――

「――してやるっ!」

――え?

「**してやるっ!! ぶっ**すっ!」

な、なんかやばくね? 危なくね?

めちゃくちゃドス聞いてますよ。だからあんたは女性になんてこと言わしてんすか。いや、もうそこまで行ったら男の鑑だよ! あんたが大将、おめでとう! 俺ん中の悪魔達は拍手喝采、指笛まで吹けちゃうよ!
――待てよ、もしこの女が得物持ってたとして、声がドス利いてるだけあってそれがマジなドスだったとしたら……いや、洒落思いついちゃったんだから仕方ない、長ーい刃物だったらこのうっすい壁すらも貫通してこっちまでプスッだよね。ちょっと壁から離れとこっか――

パァアンッ!


……え、銃声?


「このっこのっ!」

パァンパァンパァン!

ええっええぇ!?


――マジですか!?


と、ととにかく隠れないとっ!

くそっ任侠なんて俺の趣味じゃねぇんだよ、なんて文句を言いたくなったけれど取り合えずベッドの下に避難せねば銃弾避けねば俺の命も危うくて今は冷静さが大事で焦りは禁物それは命取りです。
ベッドの下、埃の舞う中使用済みティッシュを泳ぎ掻き分けて、俺のバイブルを枕に荒ぶる心臓に手を当てアーメン、柄にもなく平和を祈る。
流れ弾なんてのが俺に当たりでもしたらタダじゃおかねぇ。

スパァアンッ

メキッとひび割れた音がしたのは俺の空耳か、それとも鼓動が俺の心臓を突き破った音か、まさか弾が俺の部屋を貫通した音か――いや、まさか……。


「いい加減にしろ!」





お、おぉー。治まった……ぽい?

隣人もちゃんと声出すんだなァ。意外にイケメン声だ。うぜぇー。
でも銃持った相手に勇気あるなァ。さすがイケメン。格好つけ過ぎだぞコラ。

あ、てか、通報しなきゃじゃね? ここ日本だよね。お隣りもしかしてアンダーグラウンド出身じゃないよね? こんなに身近に潜んでるもんなの? マジだったらやばくね俺。指千切られるどころじゃなくて、ドラム缶に詰め込まれて東京湾にポイッとか簀巻きにされて川にポイッとか、うわっ土佐衛門かよ。ケーサツって何番だっけ119? 救急車か。911だっけ? そりゃ海外か。えーとえーと、

コンコン

ひゃくとーおばん!!

コンコン

「すみません、隣の者です」

きき、来やがったーーー!!

急に喉の渇きを思い出して唾を飲み込むと、喉が変に鳴ってしまった。どんだけ緊張してんだ、俺。落ち着け、俺。大きく息を吸え、って「うぇっくし」埃っぽいなぁココ。

「います?」

いませんいません。答えるわけねーよ。もち居留守だっつの。帰れ帰れー。

コン……

「いますよね? いえ、いることは分かっているんです」

嘘こけや。いやまさかさっきのクシャミ聞こえたんじゃねぇよな。だったらとんでもねぇ地獄耳だ。ハッタリに違いねぇ。隣人こわいわー。

「昨晩飲み会してましたよね」


…………鍋パ!?

ちきしょうっ! バレれてやがる! ダチ帰らすんじゃなかった! 一人超怖い!

「多分、さっきので起こしてしまったと思うんですが、その……もしも出て来られないようでしたらそのままで、聞いてほしいんです」

はっ!? 何、そこで話すの!?
ただでさえ、ご近所の新婚さんとか女子大生から疎ましがられてるのに、ヤバイ話をそこでされたら俺、もっと居場所なくなるじゃん!「やっぱりねぇ……」っておばちゃんたちの噂の種になるじゃん! いや、ケーサツに家宅捜索されそうなの俺っぽいじゃん! うわー人生終わるわー…。

「実は……」

や、やばい!!

背筋を駆使してガタタッとベッドを鳴かせながら聖域から這い出て、廊下に落ちてる服や空き缶を蹴り飛ばしながら、床に落ちてたベルト踏んずけて「イテェッ!」とか言いながら玄関のドアノブを鷲掴む。


ガチャッ!


「なんすか」

Be coolに行こう。

「あ、おはようございます」

朝日の眩しさに顔を顰めながら渋さとクールさを装いながら目の前に立つ隣人を見上げると、すまなさそうな顔をした甘い顔立ちの男だった。おぅ、俺によく詫びると良い。だけど危害加えないでね。

「あの、今朝は…寝ていたところを本当にすみませんでした!」

思いの他素直にご丁寧に頭を下げてきたもんだ。苦しゅうない。だがどうしよう。めっちゃ良い人っぽそうだ。しかも目の前にあるウェーブのかかった髪はふわふわと柔らかそうだ。どうしよう。

「あぁ、うん」

気まずさに寝癖だらけの髪を撫で付けるとちょっとベタついていた。やべ、酒くせぇかも。
隣人が頭を上げると朝の冷たい風が流れてきて、やわらかそうなウェーブのかかった髪をふわりとゆらした。

「さっきの音、これです」

その手にしたボロボロにくたびれたスリッパ。それがなんだ言う前に、隣人がスリッパで掌を叩くとパンッと弾ける音が鳴った。


嗚呼、ガッテン。



思わず漏れた長いため息に対して、隣人の困ったようでやわらかな笑顔に目を引かれたのは、ハードボイルドとの遭遇がもたらしたつり橋効果の所為だろう。

だけど――

「……びっくりさせんなよ」
「す、すみません」

間近で聞く甘く掠れた声に、

「ほっぺ痛そうだな。引っ叩かれたのか?」
「え、あぁ、少しですけど」

頬に添えた指がピアノの音と同じく繊細に出来ていることに、

「でもちょっと痛いかもです」

ぎこちない笑みに惹かれたのは事実だと、心臓が弾けて教えてくれた。

「絆創膏と消毒液持ってきてやるから中入って待ってろよ」
「え、あ、でも、大丈夫ですからっ」
「いいからいいから。ちょっとそこで待ってろよ。そこら辺の物いじってていーから」

適当に目配せして少し強引に中に促すと、まごつきながらも玄関に足を踏み入れ丁寧に扉を閉めた。

「あ、このギターを使っていたんですね」

隣人が自慢のギターが廊下にあるのを見つけて、ふと俺は思いついた。
こいつに教わって今晩は一緒にジャズでも嗜んでみようか。んでもって朝は静かに目覚めるもんだってことをこいつに教えてやろう。


壁越しではなく、同じ部屋の中で
今度は一緒に楽しい音楽を奏でよう。


Give Sounds Beating!



その前にあいつを招き入れられる部屋にせねばならないことに気が付いて、急いで部屋の中に駆け込んだ。


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あきゅろす。
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