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その勝負待った!
●16本目

「ただいまー」

亮が玄関のドアを開けると酸味のある香りが亮を出迎えた。すっぱい。
柑橘系のすっぱい香りは部屋中に広がっていて、キッチンでは皐月がまだ料理をしている最中だった。

「ん、亮か。お帰り」

「おー、ただいま」

皐月の背後から鍋の中を覗きこむと、細長い草が煮詰められていた。この草がすっぱいのか。
小さい頃に齧っていたリンゴの葉を思い出す。お腹が空いて飲み込んだ時は皐月によく怒られたもんだ。懐かしい。
皐月自身にも懐かしさを感じて、その細腰に腕を回して肩に顔を埋める。

「うぉっ危ねぇっ! 何してんだコラッ!」

「んー……」

「おい!」

いつかのCMで言っていた通り疲れて酸味が欲しくなったのか、それとも久しぶりに皐月を見たせいで皐月の臭いが欲しくなったのか。

「疲れたー……」

「はぁ!? 離れろや!」

久しぶりに嗅いだ皐月の臭いと、感じる温度。皐月の機嫌が悪化しやすい料理中だと分かっていても離れがたい。

「ああ゛? 何してんだよ、てめぇは……」

腰を抱く腕の力を強め、肩に埋める顔を擦りつけると気分が落ち着いてくる。ぬくい。

「…………っかーー! もうてめぇはさっさと風呂入ってこい!」

簡単には絆されてくれない皐月は手強い。
だが亮も体が皐月にくっついて離れられないのだ。観念しろい。

「ったく、だらしねぇな、てめぇは! 汗くせぇんだよ! ほら行けっ!」

亮がしぶとく皐月にしがみ付くも馬鹿力によって引き剥がされ、バスルームに押し込められる。ついでにと、バスタオルと着替えも放り投げてくれた。気が利くな。

そうだった、亮は疲れていたんだ。
仕方ない。お風呂で疲れを癒すとしよう。




一番風呂を頂いて十分に温まって出てくると、すでに皐月はキッチンにはおらず、リビングのソファで携帯をいじりながらくつろいでいた。

「お風呂上がったぞー」

「んー……」

亮も豆牛乳を片手に皐月の隣りに腰かけるが、皐月はいつになく真剣に携帯をいじっている。
小さくさり気ない好奇心からその手元を覗いてしまい、亮が見たのは……、

生BL写真の数々。
見なければよかった。折角さっぱりしてきたのに。

皐月は嬉し悶えて小刻みに震えているが亮には分からない興奮だ。むしろ盛り下がるエロスな写真だ。生々し過ぎる。よりにもよって会長の……残念ながらへその突出具合は確認できなかった。腰のしなり具合がエロイのは認める。

少しだけ亮も夢中になって生BL写真を覗きこんでいると、ぼたり、と水滴が皐月の腕に落ちた。亮の髪からこぼれたものだ。

「つめた……って、はぁ!? お前ちゃんと拭けよ髪!」

「面倒くさい」

「そこら辺濡れるだろが! あ゛〜、ほら、タオル貸せ」

首に掛けたタオルを皐月に手渡し、わしわしと頭を拭いてもらう。
少し乱暴な手つきではあるが、頭をマッサージされているようで気持ちいい。頭の凝りが解され血流が良くなった気がする。

「飯は?」

「今は味を馴染ませているところだ。もう食うか? それとも縁が帰って来るまで待つか?」

「待つ」

「ん、分かった……。よし、もういいだろ。おらよ」

タオルを動かす手が止まり、頭の重みと視界を遮るものが取り払われる。
落ちかけた瞼をこじ開けるとやっと見られた皐月の紅茶色の瞳。

「んだよ、眠いのか?」

紅茶に鎮静作用があるのはその色に寄るのだろうか。

「飯の時間までちょっと休憩する」

皐月の腰に腕を回して腹に顔を押し付ける。
膝と腹はちょっと硬いが皐月臭は柔らかい気がする。

「ごふんっ、くそっ! なんで受けがここにいねぇんだ!」

愉しさを滲ませ、悔しげに膝を叩く皐月の顔を見ようと亮が仰向けになると、亮を見下ろす皐月の目と目が合った。思ったよりもその瞳は落ち着いた色をしていた。

「何してんだよてめぇは、さっきから」

皐月の指がさらりと亮の髪を梳く。

「……疲れた」

「まぁ、今日はな。初日だし……お前は爽やかアイドルキャラだし」

すっかり忘れていたが、そう言えば亮はそんな設定を押し付けられていたな、この腐良に。

「及第点ってとこか、出だしとしては」

中々厳しい評価を下すが、そこは爽やかアイドルという胡散臭いキャラが悪いだろう。
見上げる皐月は思案げな顔をしているが、どうせ考えていることは今日のBLとか明日からのBL計画だ。だって口元が楽しそうだ。腐良め。

「王道主人公が来るまでちゃんと働けよ」

「んー……」

亮はBLどうこうと興味は無いし、新しい出来事に新鮮さや楽しみ、そして若干の疲れを伴う程度だが、腐良の皐月は随分と喜んでいたな。今日一日で見た皐月のアホ面を思い出すと笑えてくる。
まどろみかける目をこじ開けると皐月と目が合って怪訝な顔をされたが、亮の目元を手の平で覆われてしまい視界が遮られた。

「縁が帰って来るまでな」


ひんやりと冷たい手が心地良い。





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