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その勝負待った!
●14本目


金縁の豪奢なドアの横で腕組み、亮は中にいる人物を待っている。

亮を含む一般の人間が見れば、この御大層な扉の向こうには巡るめくきらり金色に溢れた室内で、これまた高貴な人間が高笑いしながら年季の入った赤ワインを楽しんでいると思うだろう。

なに、ただのトイレだ。

亮は環が用を足すのを待っているだけだ。
だが、例えお手洗い前だとしても、漸く得られた静けさにほっとする。

我慢袋が破裂したホストにさっさと教室に戻れ、亮は環をトイレに連れてけ、3分で戻れと言い渡された。亮に尿意は無かったが、担ぐ環は緊急事態だった。そして今回は既に環を担いでしまった亮が環の足に任命されたのだ。
貧乏くじを引いてしまった。灰谷が皐月の肩を掴み、小憎たらしく笑っていたのが気に食わない。


そしてもう一人気に食わないのがあの副会長だ。

ホストに元あった場所に縁を捨てて来いと言われたのだが、縁の方から突進して来たもんだから元の位置が分からない。。それに縁が丁度その時ド・ストライクで可愛いかったのに捨てるだなんてもったいな、いや、可哀想だった。
口を開こうとする亮の代わりに先に縁がぶーぶー文句を垂れて、ホストがキレる寸前、亮が縁の唇を摘まんだ。柔らかくて美味そうだった。

時はお祭り開催数秒前。

ところがさらりと、あの騒ぎを昼のお茶の間の四拍子で鎮め、華麗にお茶目に登場した副会長。そのまま縁を生徒会室へしょっ引いて行ったのだ。

くそ。あのまま縁をお持ち帰りするつもりだったのに。


近くで見ると別嬪だった副会長、見剣柊斗(みつるぎしゅうと)。
奴は男にしては長い亜麻色の髪をなびかせて、亮に態とくさい微笑みを残して行った。


――君も周りに影響を与える側の人間のようだから言動には注意した方がいい。


一見穏やかな表情の中、目だけは鋭く、目からレーザー、ライトセーバーばりに亮に視線を突き刺していた。ギャップきもい。
奴は聞いたことがないのだろうか。あの名言を。人は互いに影響し合って生きているだろ。



というか、まだ環は用を足し終わらないのか。
亮の肩にしがみ付いていた環をボーリングの要領でトイレに分投げてから5分は経った。

亮がトイレの外で待っているのも元乙女であるからだ。
男になって昨日の今日で男子トイレの臭さに慣れるわけがない。ブツに関しては自分のを十分可愛がってやったので、そこはすんなりクリアした。だがその遠慮も打ち破らねばならない。男子トイレはこれからお世話になる場所だからな。

いや、遅せえ。
環は何やってんだ。

ただ待ってるよりは状況を確認した方が早い、と乙女心も忘れて金に輝くトイレのドアを開ける。

……失礼します。


……あ。臭くない。割と。


流石、金持ち学園と言うべきか。
それともBL効果か? 多分そうだ。
天井の換気扇が頑張って活躍しても、仄かに生ぬるく青臭いにおいがする。

トイレの個室は手前側と一番奥が使用中で、どちらかが環が使っている。
そしてどこからともなく、はぁはぁと荒い息遣いやうめき声、モノがぶつかる音がする。

着替えにそんな動作があっただろうか。

「…ぁっ……ぁああッ――あ、きらぁっ!」

「なんだ」

環はここか。手前の個室。

「環、まだか?」

ガタタタタン!
バンッ!

「ひぁ…っ! あ、亮じゃん…!」

「うん」

手前のドアから勢いよく飛び出してきた環。
赤ら顔に涙目の環が亮を見て固まり、ドア口から動かない。

「まだ出しきってなかったのか?」

便秘か?

「は、ひ、いや! もう十分!!」

「そうか」

慌てて個室から出てトイレのドアを開ける、環。
トイレの奥には未だ使用中ではぁはぁ、がたがた、ぐちゅぐちゅ、ついでに唸り声が小さく聞こえてくるが、環が焦った顔をして頭を横に振り、出口へ手招きするので声をかけるのをやめておいた。

奥の奴は変なモノでも食ったのか。嘔吐中か。

そうか、それで環は気分が悪くなってしまったのか。不運だな。




トイレから出てから深呼吸を繰り返す環。

力んだのかまだ顔に赤みが残り、ケツが切れて痛いのかへっぴり腰だ。便秘つらかったのか。

いや、でも、男は腹が緩み易く、便秘になり易いのは女と聞くからな。体の構造的に。
亮は毎朝快便、腹も丈夫だからどちらの苦しみも分からない。大変だな、環も。

「体つらくないか?」

「はわっ、そんなこと…いや、ちょっとは……うはぁっ!?」

労わりのつもりで腰を撫でたのだが、擦った瞬間びくり、と環の体が跳ねる。
それすらもケツに響くのか。可哀そうに。

「あ〜、悪い」

環を見下ろすと、環は唇噛み締めて亮をぎゅっと睨み上げてくる。俗に言う、上目遣いだ。可愛いもんだな。

尻痛持ちの上に皐月以下の身長の環に亮を見上げるのは辛かろうと、腰を曲げて視線を環に合わせ、猫目の中のこげ茶色の瞳を見つめて問う。

「保健室にでも行くか?」

恥ずかしい理由でだが。
だが環の反応は、急に目をかっ広げて、再び赤くなった顔の前で手をバッタバタ交差させる。実は元気なのか。

「うっふぁああぁあっ! そそそ、そそれって……!? はぅあうゎ…」

やっと落ち着いてきたと思ったのに、どしたよ。

「じゅ、準備とか、お、俺、まままだ出来てないしっ!」

準備?

ああ、このぐちゃぐちゃの髪の毛か?

環の髪束からゴムをするりと取り去る。

「ひぁ!?」
「縛り直してやる」

金色に染められた環の髪を手で梳くと、流れるように手の中で滑った。
細くて柔らかくてちょっと冷たい環の髪をにぎにぎ、感触を楽しむ。

「ふあぁあ、あの、さ!」

あぁ、そうだ縛るんだった。
頭の上から下へ、と手櫛で髪を梳いて行く。随分と綺麗に伸ばしたもんだ。

「はぅ……ん……」

何度も手でくしけずると、環が気持ち良さそうにゆっくり目を細める。猫みたいだ。猫目だし。
本当は亮は犬派だが、猫の撫でたり掻いてやると気持ち良さそうにする顔は好きだ。癒しだ。

そう言えば、猫は犬と違って耳周りを触られるのが好きだったな。環もか?

耳の付け根を上から顎の付け根まで、するり、と擦る。

「んッ! …な、なに!?」

一瞬体が強張って、びっくりした顔を見せる、環。驚かせてしまった。
気持ち良さそうにしていた顔から一変、目が真ん丸だ。

「ここどうだ?」

反応がまんま猫のようで顔が綻んでしまう。

「えぁ、だ、だめ!」

すぐに肌が赤くなるんだな。
赤い耳を指で摘まむが頭を離されてしまう。これもダメか。

猫たまきはどこがいいのかと手を宙に浮かせていると、猫たまきの方からほんのり温かい頬を亮の手に押し付けて甘えてきた。

うん、猫もいいな。
柔らかい。

さわり心地の良い環の頬を撫でてやると、環の口角が緩く上がって笑窪が可愛い。
日向ぼっこをしながら猫を撫でてる気分だ。
手に引っ掛かった髪を耳に掛けてやり、そのまま髪を一撫ですると胸元近くまで髪が伸びていた。つるりとした手触りが良い。

「綺麗な髪してるな」

多分脱色した髪だろうが、ツヤとコシがあり、手入れが行き届いている。
横から髪を持ってきて一纏めに縛り直し、元の位置に髪を流す。

「教室に戻るか」

「……うん……」

環の頭を一撫で、腰に手を当てて足を一歩踏み出す。

がちゃり。

と背後から音がして振り返ってみればトイレから出て来たらしいオス二人組。
ほっこり顔をして、何やら亮を苛立たせるものがある。

癒しを求めて環を見ると、恥ずかしげな顔を亮から顔を背けた。

「ぁ…」


そうか。ヤってたのか。






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あきゅろす。
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