その勝負待った!
○●
ある意味刺激的だった入学式を終えて、寄ってくる花川とそれを往なす灰谷の攻防をのんびり観戦しながら教室へ戻る中、
「おい、大丈夫か」
「アッ――……声、だけで、やばいっ」
「「「た、環っ!!」」」
腰が砕けたように環がへたり込んだ。
あまりにも環がハァハァと息遣いがうるさいから心配してやったのだ。
「やばくねこいつ」
流石の皐月も若干引き気味だ。
「俺もこんなん初めて見た」
こうなった理由を知っているだろう、灰谷。薄情な奴は顔をニヤつかせて離れた位置からの傍観を決め込んだ。
「おい、お前ら。こんな廊下のど真ん中で盛ってんじゃねぇよ。邪魔だ、邪魔!」
ホストなぞに言われたくない。
だが視線を投げつけてくる野次馬生徒をホストが蹴散らしてくれたのはありがたい。
「あぁ、溜まってんなら俺が気持ち良い解消法教えてやんねぇこともねぇぞ。可愛い奴限定でな」
「はい! 僕溜まってます!」
「僕の方がムラムラしてます!」
「今にもはち切れそうです!」
「ゲフンッゲフンッ」
ありがたみは返上させてもらう。
奴はさっさと去勢すべきだ。
「雛木センセ、それセクハラじゃね?」
全くだ。顔が良ければ全て良し、な訳がない。
「うっせ。俺ぁいいんだよ。HR始めっからてめぇらもさっさとスッキリして来いよ」
「へいへーい」
「オレは納得できーん!」
「ゲフッ」
一体どうしてトリ頭のホストが人間社会の教師という職業を得られたのか。
ヒナのごとく奴の後ろについて行く小さい奴ら。きっと初めて見たものを親として慕う本能に惑わされているのだろう。世界はもっと広いのに……哀れな。
ホストに連なってピーチク鳴きながら教室の中へと飲み込まれていった。
久しぶりにお風呂で遊びたくなった。
先程から咳き込む皐月の背を擦ってやる。鶏インフルエンザが脳裏を掠めた。
さて、どうしたもんかと環を見下ろすが、こいつは完全に床にへたり込んでしまっている。
それでもって、なんだってこんなに官能的な顔をしてんだ。
謎が深すぎて亮も言葉が詰まってしまう。ミステリーは得意な奴が謎解くべきだ。
「……おい、お前立てるか?」
環の前にしゃがみ込んで顔を窺うが、環は顔を俯けてしまう。
上から見る環の耳は赤く、床を掴む指は白い。加えて金髪と、色彩豊かな環。
何が一体どうしたんだ。トイレでも近いのか?
「はふうぅっ……む、むりっぽぃ、んぅ……」
荒い息遣いの中、途切れ途切れに答える、環。話すのが不自由そうだな。
小さく唸りながらも環が少しだけ顔を上げて、ちろり、と亮と目を合わせる。
――なんで涙目なんだ。顔がエロいぞ、環。
やばいな。
ったく。
「おら、後ろ乗れ」
亮が環に背を向けておんぶの体勢をとる。
「ふぁ、お、おんぶ?」
面倒だが、ここでぐずぐずしていても仕方がない。さっさとトイレに運び出してやろう。
「ん。ほら、乗れ」
「ゲッフ、ゲフッ」
「うわー、役得じゃん。早く乗っちまえよ。良かったなぁ、環」
どうでも良さげにはやし立てる、灰谷。お前の目はどこを向いている。
「わ、ずりー! オレだってしてもらいてぇよ!」
花川いたのか…。うぜぇ。
「はぅぁ、ぅ、うん。お願いする……」
股間を庇いながらの環がゆっくりと腰を上げて、そっと亮の肩に手が乗せられた――。
「ダメェエーーーーーー!!!」
がんっ!!
っぶな!
咄嗟に手をつき床に顔面衝突するのを防ぐ。
危なかった……。
前のめりになった体を手で支えて体勢を整える。手が痺れた。
先ほどの衝撃と未だに背に伸しかかる重さ、そして亮の体に回る、装飾品だらけの腕。
「縁!?」
「は? 柳井?」
「すげぇ! 本物だ!」
「え? 花川氏は偽物見たことがあるんすか?」
気付くのが遅いぞ、皐月。
なんでもっと早くに気付いてこいつを止めなかった。腐鑑賞も程々にしろ。
「亮のおんぶはおれの特等席じゃん!!」
「いつからなったんだ」
そんなシートを用意した覚えは無い。
「きのう! だからダメ! 亮そんなにやさしさ振り撒いちゃダメだって!」
花咲か爺でもあるまいし、亮が親切をばらまいた覚えも無い。
ぎゅっと体を絞められ暑苦しい上に、人肌の体温と上品そうな香水の香りが纏わりついてうっとうしい。
一体どこから縁は飛び出して来たのか、騒がしい縁に釣られて湧いて出て来た野次馬生徒第二弾がさらに喧しい。
「まじで?!」とか「うそぉ〜ん!」とか「うゎっキタコレ!」だとか、勝手気ままに騒ぎ立てている。
本当に有名人らしい、縁。生徒会の肩書は大きいようだ。こんなに人を集めて何する気だ。
亮が頭を回すと、すぐ近くにある縁と亮の目が合う。
霞んだ空色の目が細められた無邪気そうなにっこり顔の縁。
「んふー♪」
ついでに鼻息も吹きかけられた。ぬるい。
「降りろ」
「やだ☆」
首絞めてやりたい。
泣き顔の和み縁が頭に過ぎる。
目の前の小生意気な縁を視界に入れて、負けじと亮も微笑み返してやる。
どう可愛がってやろうか、縁。
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