p,9 「いやぁ、久しぶりの江戸はいいもんだね」 「まぁ、落ち着くわな。肌に合うってか?」 2人の浪人が、楽しげに話している。 この2人、剣術始業と称して隣国に赴き道場を渡り歩いていた。 2人ともまだ若い。 旅の帰りでまだ支度は笠に旅袴である。すぐに実家に帰り挨拶をするようなことはしなかった。 2人とも脱藩した身である。 「ここいらはあんまり顔を出さなかったが、この雰囲気は好きだな。これぞ江戸!我が故郷。夫婦喧嘩が聞こえてきそうじゃねぇか」 「お前んとこのお袋さんと親父さんは仲が悪いからねぇ」 「そいつは言いっこなし!第一こっからどれくらい離れてると思ってんだ。聞こえたらお前の耳は仙人並だよ」 軽口を叩きながら目的地もなくぶらぶらと歩いた。 何ともなしにただ歩いていただけなのだが、2人とも剣客なのである。声を聞いた。獣の声を。 並の人間なら聞き逃してしまうような声に機敏に反応を示した。 「永倉、ありゃ斬られたな」 「だな。綱吉公のご時世なら重罪だが、なかなかどうして物騒なことだねぃ」 「行く?」 「……行く」 斬られた獣を見ておもしろいはずはない。おもしろ半分で見に行くわけではない。 人の血というやつが2人を動かすのだ。 斬首の刑を下される者がある。こういった場合たいていその打ち首の瞬間は公に晒された。 斬首が行われると見世物でも見に行くかのように町中の者が群がった。 怖いもの見たさというやつか、何か騒ぎがあると見てみたくなるのが人情というやつなのである。 なかでも武士の子などはすすんで見せられた。武士としての度胸をつける為もあるし、人の命の落ちる瞬間がいかなるものか悟ることができるように。 「市川!どこから聞こえた?」 「さぁな。そんなに耳がいい訳じゃねぇからな。こっちからだとは思うが……そういうお前ぇさんはどうなんだぃ」 「……この川を上ってみるか」 川上から血の臭いがしやがる。オレァ、耳より鼻の方がきくんだから嫌になるぜ。 永倉と市川は川上を目指した。 先の方の闇で月の光に反射して何かがきらりと光を放ったとき、2人は駈けた。 永倉は河原を直進し、市川は田圃へ入り回り込んだ。 さっきのは刀に違いない。しかしなぜまだ刀を抜きはなったままなんだ?獣を斬った奴らとは別もんか? ただ事ではない。 それを察すれば2人の行動は実に早かった。打ち合わせなどはない。目を合わせたきりで二手に分かれて走った。 [←前][次→] [戻る] |