p,5 「あら?2人とも箸のすすみが悪くなってるわよ」 次の蕎麦を運んできながら娘が心配そうに言った。 十皿目。すでに限界だった。 もう意地だけで箸を動かしている。腹は苦しみを訴え続けている。 あと少しで十一皿目に突入というところで手が動かなくなった。腹の苦しみは少し前からずっとあったが、腹ではなく喉元に異変が現れた。 食べ物が行き場を失い、こみ上げてきているようだった。気持ち悪い。 「勝負がつきそうだな」 「おとっつぁん!」 「どうだ?まだ入るか?」 蕎麦屋の親父に聞かれたが、答えることはできなかった。 負けたくない。 だが、もうどこにも食べ物を入れる場所はなかった。 「ズルルッ。十皿目終わりだ。次っ!」 「そこまでだ。お前さんの勝ちだよ。」 勝負の軍配は友の手に渡った。 しかし、まだ上手く言葉を飲み込めていないらしくキョトンとしていたが、すぐに立ち上がり両手を天に向かって突き上げ、叫んだ。 「やったぁー!勝った!勝太に勝った!見ました?お香さん」 「ええ。おめでとう」 店の看板娘が勝利をたたえる。 勝負の模様を見守っていた客からも歓声が上がった。 俺は机に突っ伏し、こみ上げてくる様々な物から必死で耐えた。 横を見ると看板娘と話ながら鼻の下をのばしている友がいた。 案外こちらが目的だったのかもしれない。 この看板娘にいい格好をしたかったが為にあんなに頑張れたのかもしれない。そう考えるとちょっくらからかってやりたくなってきた。 気持ち悪いやら負けて悔しいやらで、何とかして友に一泡吹かせてやりたかった。我ながらなんと情けないことか。 「お前、なんだかんだ言って結局は……お香さんに取り入りたかっただけじゃないのか?」 「まぁ……なんて言うか……そうだな」 少しぐらい否定する素振りを見せても良さそうなものだが、あっさりと認めてしまうあたりこいつは大物なのかもしれない。 俺としてはからかいがいがないというか、つまらない。 [←前][次→] [戻る] |