p,3 店に入ると調理場に一番近い席に滑り込んだ。早く料理が運ばれてくるようにという配慮である。 この店の看板娘としてここの近所では評判の色白の、はきはきとした娘が注文を聞きに来たが、普段のように心を躍らせて話を長引かせようとする余裕などなかった。ただ、 「蕎麦をどんどん持ってきてくれ。賭試合だ」 そうぎりぎり聞き取れる早さで言ったきりだった。 後はお互いに睨み合っている。 店にしては迷惑な話だったろう。まだ飯時としては少し早いが、昼の人の混む時間に向けて忙しい時間だった。 しかし江戸っ子はお祭り騒ぎが大好きな陽気な連中ばかりだ。 俺たちの唐突な申し入れに 「はいよっ!まかしときな!」 と威勢良く答えて娘は厨房に入っていった。心なしか目が輝いていたようだった。 「おとっつぁーん」 奥からそんな声が聞こえた。その後は小気味の良い笑い声。どうやら親子はこの申し入れにのってくれたらしい。 「あんたらは幸運やわぁ。今日はほかの客はとらんであんたらに蕎麦出し続けてやるっておとっちぁん張り切ってたよ」 そう言うと俺たちの前に二人分の蕎麦がおかれた。 火蓋は落とされた。 噛むより飲む。 のどごしの良い蕎麦は食べやすい。大食い勝負にはうってつけの食べ物である。店内にはひっきりなしにズルズルと蕎麦をすする音が響いていた。 一皿平らげると絶妙な間合いでおかわりが運ばれてくる。 今のところ両者は互角。これからは駆け引きが大事になる。 胃袋はどこまで持つだろうか? [←前][次→] [戻る] |