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風を切る音。
木刀を振る手にかかる確かなおもみ。
これが刀なら一体どれだけ気持ちが高まることだろう。



「……っ」

腕が重い。これ以上は無理だと悲鳴をあげているようだ。

試衛館の木刀は普通一般的に用いられているものよりも太く重い。これは天然理心流という流派が実践を念頭に置いたものだからであり、刀の重みにたいする抵抗力をつけるためであったかもしれないが、何よりも気組みを大事にする流派であったから、精神の鍛錬のためというのもあるのかもしれない。

「終わりかい?」

木刀を振るのをやめるとそこには穏やかに笑う面倒見の良さそうな男が立っていた。
名は井上源三郎。ここ試衛館の古株である。

「トシさんの素振りは見ていて気持ちがいいね。真っ直ぐでひたすら振るという動作に夢中だ。まるでいつも目の前に見えない相手がいるようだ」

彼は感心したような眼差しを向けてきた。

しかし、自分はここの正式な門人というわけでもないのに、このように勝手に上がり込んで素振りをしているのを認めているのもどうなのかと思わないでもないが、生憎ここにはそんなことを気にするような者はいない。
自分自身それをわかっているからこうして、商いの途中でふらりと上がり込むのだが。

「勝っちゃ…いや、勝太さんは?」

「若先生なら周助先生のとこだよ」

「そうか……そういえばあの餓鬼は?」

「宗次郎か?宗次郎ならお使いを頼まれて出てったみたいだが」

なるほど、いつもより静かなわけだ。いつもこの時間なら道場はもう少し賑やかなはずだ。

とは言っても門人が多くいるわけではないのだが。
あの二人がいるのといないのとでは道場の雰囲気がまるで違う。

「まだやってくかい?」

「いや、今日はここまでにしとくぜ。また来らぁ」

ずしりとした重みのある木刀を彼に渡した。
ちゃんと自分でしまって行けよ。と苦笑いしながらもしっかりと木刀を持ち、しまおうとしている。

彼は親切者で、面倒見がいい。


真っ直ぐに井戸端に行き顔を洗うと、薬箱を背負い、道場をでた。




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あきゅろす。
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