VIVID 20──よし、今日から路線はナチュラルで ……っと、やべぇ、んなことしてる場合じゃねえ。髪セットしねぇと。 ハッとし、すぐに携帯用鏡に向き直る悠心だが、時既に遅し。 プシュー、という音と共に電車の扉が開き、桜井が乗ってくる駅に着いた。 え、おい、マジで! まだ髪をセットしていない。寝起きに櫛を入れただけのラフなスタイルだ。 悠心は焦るが、見慣れた高身長の男が乗ってきたことで、胸が脈打つ。 ……やっべ、やっぱかっけー。 今日も隙のない凛々しさに、悠心は顔を赤らめるが、すぐにハッと我に帰った。 か、髪ッ! 慌ててワックスを手に取る悠心だが、もう手遅れだと言うことは変わらない。 「おはよう」 「……おす」 ……やべー、死にてぇ。 桜井らしく爽やかな挨拶に、悠心は顔を逸らしながらぼそりと答える。 最悪だ……。 何も手を入れていないナチュラルな髪型を見られたくなくて、悠心は頭にさり気なく手を添えながら泣きたくなった。 しまったぁあ…! 油断していた。向かいのサラリーマンにガンを飛ばしている場合ではなかった。 すぐにでも髪をセットするべきだった。 こんなだらしない姿、那智と弘樹くらいにしか見せたことない。 悠心はげんなりと消沈して、一人ブルーなオーラを背負った。 「……隣、いいか?」 「へ?」 不意に桜井の声が聞こえて、悠心は思わず桜井を見上げた。 は? 今、何て……。 見れば、桜井はいつもの定位置が空いていないことに気付いて、悠心を遠慮がちに見下ろしていた。 確かに、悠心の隣は不自然にその周辺だけ空いていて。 桜井が立っていても、身長が高く体が大きいため窮屈になってしまう。 それよりは座った方がいいということなのだろう。 そして、空いているのは悠心の隣だけ。 皆不良の代名詞の様な風体の悠心に近付きたくないのか、隣が空いているというのに誰一人座ろうとしなかった。 桜井が声をかけてくるのも、当然だった。 「べ、べべつにいいぜ」 「……じゃあ」 予想外の展開に赤面する悠心は、ふいっと再びそっぽを向いた。 隣に桜井が控え目に腰を下ろすのがわかる。 その距離の近さに、悠心は途端に心音が早まった。 ち、ちけぇ……。 昨日肩を貸してもらった時よりはまだ距離が空いているが、今は状況が違う。 朝の電車の時間、今まで向かいに座る桜井を見詰めることしかできなかったが、こうやって挨拶をし、隣に座っている。 ──これは、夢なのか。 もしかしたら、桜井を想い過ぎるあまり悠心が作り出した妄想か何かなのか。 昨日から実は悠心は都合の良い妄想を作り出して、それを現実だと思って過ごしているのか。 ……だとしたら、相当末期だ。 そんなことを本気で思った悠心は、昨日負った腹の傷辺りを叩いてみた。 「……ッ」 普通に痛い。ということは、これは現実? そう実感した悠心は、どきどきしながら隣に座る桜井をそっと盗み見た。 その時、桜井とばっちりと目が合う。 「…ッ」 「……今日、何か違うな」 桜井は悠心のセットしていないピンクの髪を見て、ぽつりと言った。 恥ずかしくて視線を落としながら、悠心はぼそりと答える。 「……今日、ねぼーしたから」 桜井の視線に頬が熱くなる。そう答えると、桜井が口角を上げた。 「そうか。……でも、いいな。自然な方も好きだ」 「へっ?」 い、今なんつった? す、好き……? 悠心は桜井の口から出た「好き」という単語にどきまぎし、思わず目を瞠った。 ま、マジか……。 悠心はすぐに赤くなる顔を俯かせ、口をきゅっと横一文字に結ぶ。 そうでなければだらしなく女々しい表情を見せてしまいそうで、ひたすら足元を見ていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |