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VIVID
8──“さくらいたから”


 ……やっぱ、カッコいい。


 まばたきすることすら忘れて、じっとその姿を見詰める。

 弘樹の不思議そうな声も、そよ風と共に耳を素通りしていった。


 悠心は、その姿を目で追いながら、ドキドキと胸を高鳴らせる。


 くそ、心臓やべえな……。


 彼の他にも、図書室に向かう生徒達はいるのだが、その中でもその人は一際目立っていた。


 ゆうに180を越す身長と、洗練された、無駄のない動き。

 歩き方一つをとっても、カッコよくて、思わず悠心は惚れ惚れしてしまう。


 悠心のクラスの2-Bは、2階のほぼセンターに位置していて、窓からは黒条の校庭と、白蘭の図書室が見える。


 カッコいいなぁ……。


 心の中でうっとりと呟き、じっくりとその姿を堪能する。

 その男の姿が図書室に消えていくまで、悠心はぼんやりと男を見つめていた。



「……なに。悠心、今度はあいつ狙ってんの?」

「は?」


 悠心の視線を追っていた弘樹が、不意にそんなことを言って、悠心は思わずポカンとした。
 

「あいつって?」


 キョトンと首を傾げる悠心に、弘樹はあくびをかきながら言う。


「えー? ほら、さっき見てた奴だよ。無駄にでかくて、いかにも女子にモテそうな奴」

「……無駄とか言うな。張っ倒すぞコラ」

「……スンマセンっした」


 悠心が低く呟くと、素直に謝る弘樹。

 まるで従順な犬のようだと思いながら、悠心は弘樹のプリン頭を、何気なく見詰めた。



 弘樹はいわゆるヘタレヤンキーというやつで、ケンカは弱いし、タバコも吸えない。

 それに加えて、犬に吠えられただけで飛び上がるような、超がつくほどのビビり。

 しかもタラシ。


 これと言っていいところがない弘樹だが、それでも神様は慈悲深くて。

 たった一つだけ、弘樹には悠心も感心するものを与えた。

 それはたった一つだが、大きくて、重要なもの。


 弘樹は、悠心の知っている誰よりも仲間思いだった。


 ビビりでヘタレとは言っても、仲間のことになると、テコでも動かない。

 例えどんなに殴られようが、痛めつけられようが、絶対に守り通そうとする。


 そんな熱いところがあるから、悠心は弘樹を親友と認め、隣にいる。


 ──いざとなれば、少しは戦力になるしな。


 土壇場で力を発揮するのが、弘樹の良いところで、ピンチな時に弘樹がいるととても心強い。

 それに加え、弘樹はなんだかんだで愛されるので、人脈が半端ではなかった。

 こいつはコネで出世するタイプだな、と悠心は思いながら、弘樹に問いかけてみる。


「あいつのこと、知ってんのか?」


 情報に詳しい弘樹ならば、もしかしたら知っているかもしれない。

 そんな淡い期待を込めて訊いた悠心だが、それに弘樹はあっさりと頷いた。


「え? もち」


 当然でしょ、と頷いた弘樹は、目を丸くする悠心に向かって、逆に「知らないの?」という目を向けてきた。

 その信じられないものを見るような目に、悠心は焦る。


「な、なんだよ。知ってるはずねえだろ。最近初めて見たんだから」


 決して俺はおかしくないと弁解する悠心だが、弘樹は相手にせず、変わらず驚いた目で言った。


「だって、あいつ白蘭の現生徒会長だぞ?」

「……は?」


 思わずポカンとする。


 は? あいつが、生徒会長?


 信じられなくて、悠心は弘樹の顔を凝視した。


「……マジで?」

「マジ。嘘付いてどーすんだよ」

「……マジでか」

「マジだ。しつこい」


 驚いて目を大きくする悠心に、弘樹は淡々と言い返し、得意の情報網を使って説明した。


「“さくらい たから”。俺らとタメだけど、3年は受験だから、今はもう2年が中心になって生徒会回してるんだってよ。まだ前期なのになぁ」


 どんだけガリ勉だよ、と呆れたように言う弘樹の声は、最早悠心には届いていなかった。


 ──“さくらいたから”。


 悠心の頭の中は、最早その名前だけで占められていた。


 弘樹から聞いた名前を、何度も何度も胸の内で繰り返しながら、悠心は男が消えていった図書室を見詰める。


 ──さくらいたから、さくらいたから……。


 呪文のようにそれを唱える度に、悠心の心臓は高鳴り、ぎゅっと、甘酸っぱく胸が締め付けられる。

 名前を唱える度に、同時に浮かび上がってくる男の端正な顔も、一層悠心を困らせた。


 うわー……やべぇ。

 
 名前を唱え、顔を思い浮かべるだけで、胸がキュンと熱くなる。

 今までとは比でない、その想いは、冷めることを知らず、むしろ増々熱を上げていく。


 ──俺、このままいったら、ストーカーになりそうだな。


 そんなことが頭の中をかすめて、悠心は本気で悩む。


 やりかねないそれに、悠心はうーん、と眉をひそめ、ビビッドピンクに染まった髪をがしがしと乱暴にかいた。


「……あ」

「んあ? ……って、ぶはっ! 悠心お前髪ぐちゃぐちゃ!」


 綺麗にセットしていた髪が崩れ、ぐちゃぐちゃになってしまった。

 まるで鳥の巣のような悠心の頭に、弘樹は腹を抱えて爆笑する。


「だっせー!」

「ぶっ殺すぞ」

「……スンマセンっした」


 チキンな弘樹は、悠心の殺気を感じると、すぐに笑いを引っ込め、ワックスとスプレーを差し出してきた。


「それでいいんだよ」


 モブはモブらしくしてろ。

 にっこりと笑い、悠心は弘樹からアイテムを奪ってトイレへと向かう。


 


 ──備え付けの鏡を前に、悠心は髪を直しながら、ぼんやりと考えていた。


 さくらいたから、かぁ……。





 

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