VIVID
6──もう、ケータイ一生変えねえ
▼ ▽ ▼ ▽
悠心が教室に入ると、やはり悠心が一番乗りだったようで、教室内には誰もいなかった。
笑い声や怒鳴り声で常に騒がしい黒条が、まるで眠っているように静かで、少し新鮮に感じられる。
黒条も、朝は静かなんだ……。
そんなことを思いながら、とりあえず自分の席に鞄を置く。
ぼんやりと、教室を見渡してみた。
──黒板に描かれた、殴り書きのようならくがき。
机の位置もバラバラで、やりたい放題の荒れた教室内。
ロッカーには新品同様の教科書が、埃かぶって置かれている。
──いつも、悠心が通っている教室だ。
しかし、みんながいないというだけで、まるで別の学校にいるかのように感じる。
──ヒマだ。
悠心はケータイを取り出し、メール画面を開いた。
あ。
その時、初めてメールが来ていることに気が付いた。
件名は『Re:』、差出人は『那智』。
『お前うぜえ』
本文はそれだけだった。
那智というのは、悠心の中学からの友人で、さっき迷惑メールを送った相手だ。
赤沢 那智(あかざわ なち)。
綺麗な明るい金髪に、すっきりと整った端正な顔立ち。
レフトリップに空いたシルバーリングのピアスが、ひどく怠惰に、けれども何処か傲慢に彼の存在を際立たせている。
悠心と同じくセックス愛好家で、経験はきっと悠心よりも多い。
そのせいか、常に危険なフェロモンが垂れ流しな、絵に描いたようなワイルド系イケメン。
……うわ。起きてたんだ。
那智が起きていたことに驚きながら、悠心はカチカチとケータイをいじる。
『件名 Re:Re:
ひま。今すぐ学校来い。』
そう返信して、パクリとケータイを閉じた。
「……」
ぼんやりと、手に持ったケータイを眺める。
《はい》
滑らかで、少し低めの心地良い声が蘇って、悠心は思わず赤面し、ケータイをぎゅっと握り締めた。
────これに、あいつの手が触れた。
そう考えるだけで、もうすっかり使い慣れたケータイが、家宝のように思えてくる。
まだきちんと声を聞いていないが、もっと声が聞きたいと思った。
悠心の頭の中は、もはや電車の男のことしかなく、ぽやんとピンク色に染まっている。
……また、会いたい。
そう思って、きゅっと唇を噛んだ。
悠心は、ケータイを撫でたり、ボーッと見詰めたりして、一人の時間を過ごす。
あの黒く綺麗に澄んだ目を思い出すだけで、悠心は胸がどきどきした。
▽ ▼ ▽ ▼
「……マジでいるし」
教室に入ってきた那智の第一声は、それだった。
「今日早くねぇ?」
「んー…まあな」
悠心がこくりと頷くと、那智は不安げに眉をひそめた。
「……明日は嵐か」
「てめーブッコロス」
相変わらず那智は失礼な奴で、悠心は舌打ちする。
「……つうか、お前こそ何でこんな早いんだよ?」
席に鞄を放る那智に、疑問に思ったことを訊くと、那智は不機嫌に唸った。
「お前のメールで起こされた」
「マジか。ざまあ」
「……うぜぇな殺すぞ」
「やれるもんならやってみろ」
ニヤニヤと挑発的に笑ってみせると、那智はちらりとそんな悠心を一瞥して、溜め息を吐く。それを見て、悠心はからからと笑った。
那智とする、こういう何気ないやり取りが楽しい。
那智は口は悪いけど基本優しいし、大抵のことは助けてくれる。
ケンカでピンチになった時も、那智が駆け付けて来てくれた。
あれは、今でも悠心の中で色褪せることなく刻み込まれている。
なんだかんだ言って、最高のパートナーだと思う。
背中を任せられる、数少ない相手だ。
那智と背中合わせでするケンカは、驚くほど息が合って、気持ちいい。
「なぁ、那智」
呼びかけると、那智は少し気怠そうに悠心を見た。
「今日、めちゃくちゃタイプの男見付けたんだ。やべえよ、マジでカッコいいの」
「……お前も懲りねー奴だな。つうか、この間の”カレシ“はどうした」
うっとりと、電車でのことを思い出して、ぽやぽやとパステルピンクに染まる悠心に、那智は呆れたように溜め息を吐く。
「あ? とっくに別れたよ、んなもん」
「……ビッチが」
「黙れヤリチン」
ぼそりと呟いた那智に負けずに言い返し、悠心は再び今朝出逢った男の良さを語り出す。
「──あー、もう、俺一生このケータイでいいわ」
「そんなにそいつのこと気に入ったのか?」
だらしなく頬を緩ませながら語り、ケータイを眺める悠心に、那智が驚いた様に目を見開いていた。
「気に入った? ばか、ちげえよ」
悠心はケータイを見詰めながら小さく言う。
気に入った、なんて、そんなもんじゃない。
一目見た瞬間から。
「惚れた」
もう、がっちりとハートを掴まれていた。
──そして、悠心は担任が入ってくるまで、延々と男の良さを語っていた。
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