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俺でよければ――
これをチャンスと言ってはなんだけれど…

この機を逃したらもうない、と思ったんだ。






今日の昼は栄口を誘って、屋上で食べる約束をしていた。


本当は、屋上は出入り禁止なんだけれど、侵入は容易い。
ある意味穴場で、恐らく野球部のやつらしか知らないかもしれない。
今日の屋上には誰も居なくて、心で(ラッキー)なんてガッツポーズする自分がいる。






「さぁ、どーぞ」

と石垣の段差の砂をパッパッと払うと座るように促す。

栄口はその行動に笑いながら「有り難う」と言って座る。


いつも栄口と二人になると他愛もない話をして、笑いあったりする。
そんな一時がとても幸せで。



「でさぁまた阿部が〜…」

「本当、阿部に気に入られてるよね、水谷って」

「ややや、やめてよ!それ逆!だって最近俺阿部に埋められる夢見たんだよ、まじで危機を感じたわけで…」


トホホと泣く真似をする。


―〜♪〜♪


携帯の着信音が鳴る。
バイブの振動から自分のものだとすぐ気付く。


「やべっマナーにするの忘れてた…電話か…」

「よく四時間目まで平気だったねぇ」

苦笑する栄口にちょっとごめんね、と先に謝り携帯に出る


「は〜い!」
『文貴?ママだけど』
「その言い方やめた方がいいよ今更だけど」

はぁと溜め息。見掛けは若いから"ママ"でもまぁ違和感はないけど、俺の前で言うのはやめて欲しいよ、本当。



「で、何か用?」
『もう学校終わるでしょう?帰りに卵1パックと牛乳買って来てくれる?』
「…っまだ昼なんだけど!まぁいいよどうせもう買い物済んだからって買い忘れをまた買いに出るのがめんどくさいってヤツでしょ」



今日は部活はミーティングで終わりなのを知ってか知らずか。

他に色々言ってくるが軽くあしらった後、電話を切った。


ふぅ、と一息つく。

「本当ごめんね、栄口」


今までこちらの様子を気にしながらもおにぎりを食べて居たようで、

「んーん、平気平気。もしかして今の彼女…?」


ブハッと飲んでいた烏龍茶を吐き出す所だった。
今の会話の内容からどこをどう聞き間違えれば彼女になるんだよ…!


「ち がうっ!親だよ親。」

苦笑いしながら弁解する俺に、そっかそっかと笑うから俺もなんかおかしくてつられて笑った。


「買い物頼まれてさぁ〜本当やになっちゃうよっ」

「まぁまぁ、いいじゃん。今時高校生に買い物頼む親なんて貴重だよ?」

どういう意味で…?と疑問だったが敢えて聞かない事にした。


「水谷はさぁ親と仲良いよね、聞く話によるとお母さん凄い美人だって。」

「一体誰に聞いたんだよ…美人なんかじゃ、…まぁ童顔っちゃ童顔だけどね。」


仲良いのかは…わからないけど。と、答えると相変わらずニコニコしている栄口に違和感を覚える。


「どうかした?」


思わず聞いてみたら、ハッとした様子で「別になんでもないよ」と言うから納得行かない俺は問詰めた

「いやいや、おかしいよ栄口…何かあった?」

俺はじっと栄口を見続けると
目線を逸らしながら口を開いた

「いやぁ…ただ羨ましいなって思っただけ」

あはは…と照れながら話す栄口にただただ首を傾げるしかなかった。

「なにが…?」

「俺母親がいないから、こうして水谷が親の事話してると微笑ましくて、」

良い意味でね、と微笑む。

栄口の母親は既に他界しているとは聞いたことがある。
…なんか俺無神経だったかな。

「ぁ…そっか、なんかごめん…ね?」

「ぇっあ… 謝らないでよ、本当今はなんともないし逆に気を遣われる方がちょっとショックだし…、」

母親居なくなるの、俺にはまだよくわからないけど…栄口は本当に強い子なんだなぁと実感した。

「そうなんだ、なんか栄口って強いよね。」

尊敬のまなざしを向けると手を横に振りながら

「そんなことないよ、本当」










例えば辛い時、一番頼ってんのは誰なんだろ…

一人で居る時、寂しくないのかな、

栄口は、どこにそれらをぶつけてんだろ。








そんな事を思うと不思議と涙溢れそうになって来た。
それを悟られまいとバッと顔をそむけるけど、その行動がもう悟らせてるようなもので…本当俺って阿呆。


「みっ水谷!?どーかしたっ?!」

俺の目からは既に涙が溢れ出てきていて、そんな様子に栄口は焦ってポケットからハンカチを取り出すと俺に差し出した。

…っ今時ハンカチ常備してる男子高生なんて珍しいぞ、本当しっかりしてる。

と言うか…しっかりせざるを得なかったのかな。



「ごめ…ね、」

ハンカチを受け取った。

「もしかして…泣いてくれたの?」

栄口は俺の顔をのぞき込むと、反射的に俺は顔を俯けて話した。

「栄口は、辛い時どーしてんのかな、と思ったら…なんかね…」


栄口は一瞬唖然とした表情でいたがまたすぐ柔らかな表情に戻る。


「確かに…その時は、何か足りない気がしたよ、それを埋めるにはどうしたらいいのか最初わからなくて…頼れる何かを探したりした事あったけど。あ、彼女ほしーなんて思ったこともあったよ。まぁ最終的に残ったのが"野球"だったんだけどね。」
ははっと空笑い。
それで何か満たされたら…なんて思ってたんだ。とボソッと呟いた。




俺じゃ、俺には…
何も出来ないかもしれないけど、


思うより先に、俺の右手は栄口の左手をしっかり掴んで居た。

驚いた栄口と目が合ったから、益々鼓動は速度を増し瞳もまた潤んで来る。






言わなきゃ、今言わなきゃ。




「栄口―っ…



俺でよければ――






071209


あきゅろす。
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