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戸田北合宿物語
ページ:8
「ちゃんと…だと?」

オレの言葉を聞いた元希さんはゆっくりと振り返る。

「…そんなら、何を、どう、ちゃんとすんのか言ってみろよ。」

視線はなぜかオレの首筋あたりに向けたまま。

「何をって…だからちゃんと捕りますから…」

語尾が弱々しくなるのは、自分が悪いってことが情けないほどわかってるから。

「ちゃんと捕ります。元希さんの球。」

うつむき加減にそう言った。

こんな風に真っ向から(しかも元希さんにしてはめずらしく正当な理由だ)呼び出されて自分の捕球技術に歯がみしたいほど情けないけど、今度は口調だけは強くはっきりと言った。

そう──昨夜の元希さんとのことが頭にちらついて、練習に集中出来ませんでした、なんてみっともないことは言えるはずもないから、あくまで理由はぼかしたままで。


「球ぁ?…ったくお前、マジでわかってなくて言ってんの?それともわざとか?」

はぁ〜ったく…みたいな、心底呆れるような態度で元希さんが自分の頭をがしがしとやりながら言う。

このクセ…元希さんが時折見せるホンキで困ったときの態度──。

こんなに人が真面目に、反省して、謝ってんのに、この人はまだ何か足りないって言ってんのか?
でも今日の午前練についてはオレが全面的に悪いから仕方ないのかもしれない。

なぜなら。
まさかあんなに何度も後逸するなんて思っても見なかったから。
まさかあんなに元希さんの顔がまともに見れなくなるなんて思ってもみなかったから。


いや…でも…元希さんが昨夜あんな訳のわからないことさえしなかったら今日のオレの不調だってなかったかもしれないわけで──。


「おい、聞いてんのかよ…タカヤ!」

うつむき加減で視線をそらしていたオレは間近にせまっていた元希さんの動きに気づくのが遅れた。
それはまたしても突然の行動で──。

「え?」

なんだよこの手。
なんだよこの腕の強さは──。


「…だから、服…ちゃんとしろって話だろうが、わかれよ、この…馬鹿タカヤ。」

首筋付近に息が触れ、表情は見えなかったけれど。
何のことを言われているのかいまいち理解できなかったけれど。
でも、わかったことがひとつだけあった。
それは元希さんの体温が昨夜と同じくらいに熱かった、ということ。



そんな一幕があった午後からの練習は、多少はマシになるかと思ったのだけれど、目の前の投手の視線がさらにするどく、探るようなまなざしに変わったこと以外を除けば、何の変化もなかったのだった。


2010/4/7UP★

→続く

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