戸田北合宿物語 ページ:7 合宿2日目は夕べの元希さんとの一件が自分のなかでひっかかったままで、視線をまともにあわせられないまま時間だけが過ぎた。 当然そんな中途半端な気持ちのまま行った元希さんとの午前練習は散々な結果に終わったわけで。 「隆也、お前大丈夫か?」 「どっか具合悪いんじゃねぇの?」 といった声をかけてくるのはもちろん目の前にいるあの人ではなくて、同じ学年の仲間だけ。 元希さんに練習中に無視されるのはいつものことだったから、それほど気にはしなかったけどなんとなく今日の元希さんのオレをみる目つきがいつもと違っているように思えて落ち着かない。 「…悪ぃ。ちょっとオレ監督んとこ行ってくるわ」 と言ってその場から離れようとしたときに 「おい、タカヤ。ちょっとこっち来い」 目の前に、今にもブチきれそうな顔をした元希さんがいた。 * * * 奇妙な沈黙が続くなか、蝉の鳴き声だけがやけに大きく聞こえる。 無言の圧力に促されて、グラウンドから少し離れた川べりまで着いてきてしまったけれど何を言われるかなんてだいたい想像がつく。 でも、なんでわざわざこんなところまで人を連れてきたのかがわからない点だった。 いつもの元希さんなら、周りに人がいようがいまいがその場で怒鳴り散らすのが常だったから。 そんなことを考えながら視線を少し前にむけたら、前を歩く元希さんの後ろ姿が目に入った。 こうしてまじまじと見ていると、いかに均整のとれた身体つきをしているのかが嫌でもわかる。 中学生とは思えないスケールのでっかさっていうのか、まとうオーラそのものがオレらとは違いすぎる気がして、言葉にならない距離感を覚えてしまいそんな風に考えてしまう自分が嫌になる。 あの左腕から放たれる豪速球をなんとか受け止めることが出来るのは、先輩をさしおいてオレだけという自負もある。 リード面に関しても他の奴等に負けているとは思わない。 けどバッテリーとして…というか先輩後輩として… いやちがう…そうじゃない。 周りの奴らはオレと元希さんの喧嘩を見ても『ほんとお前ら飽きねぇよなぁ』的な視線を投げつけるだけで、特に仲裁に入ろうとする素振りすらみせない。 あまつさえ『元希もタカヤには甘ぇよなー』とか、とんでもないことを聞いた日には心底落ち込む。 あれで甘かったら、甘くないってどんなんだ?とオレの頭ん中はハテナマークでいっぱいだ。 けど他のメンバーとは普通に出来ているようなことが元希さんにだけ出来ないというジレンマをオレが抱えていることは誰も知らない。 多分、目の前を歩く元希さんでさえも──。 そこまで考えが及んだとき、前触れもなく元希さんの歩みが止まった。 「…お前、わかっててやってんの?」 オレに背中を向けたまま、元希さんは言った。 絶対に怒鳴られる…って思っていただけに、その静かな声のトーンに自分自身の不甲斐なさがクローズアップされて 「…すみません。午後からはちゃんとします。」 と素直に謝罪の言葉をのべた。 2010/3/16UP★ →続く [*前へ][次へ#] [戻る] |