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Re1:The first sign
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 肩まで伸びた真っ直ぐな黒い髪は、寝起きのせいか所々跳ねている。
 同じく寝呆け眼のトロンとした双眸も、吸い込まれそうな漆黒色だった。
 はだけた男のシャツから覗く身体つきは逞しく、どこか艶やかな色香を漂わしている。

 だが、そんな事より。
 見間違える筈のない、その端正な顔が問題だ。

「…冗談でしょ?あんた、あたしの事…忘れたの?」

「んー?」

 男は寝台から起き上がると、床に散乱した物を軽い身のこなしで避けながら、アイリスの目の前までやって来た。
 鼻先が付きそうな程に顔を近付けると、男はじっとアイリスを見つめる。

 清閑な瞳。
 なんて深い色。
 まるで何処か、別世界へと繋がっているようだ。

 最後に彼と会ったのは十年前。
 この際、顔が分からないのは大目に見てあげよう。

 彼に見定められている間、色々な思いを錯誤したアイリスは、自然と表情と固くしていたようだ。
 その証拠に男が目の前から離れていった瞬間、漸く頬の筋肉が緩んでいく感覚を覚えた。

「あ、お前…まさか…」

 男が何かを思い出したように狼狽えだす。
 思わずアイリスの顔が期待に綻んだ。

 …次の瞬間、絶望に突き落とされるとも知らずに。

「先月寝た娼館のオンナ?」

「っ、…ふざけんな!!」

「アイリスさん、落ち着いて下さい。恐らく人違いですから」

 落ち着ける訳がない。
 十年間、毎日毎日帰りを待ち続けていた相手が、自分を忘れているなんて。
 しかも、娼婦か何かと間違えられたのだ。

 待っていろと言ったのは、あんただろがっ!!

 今にも噛み付きそうなアイリスを押さえながら、ルツキは話を続ける。

「第一、彼はレックスではありませんよ」

「嘘だっ!あたしには分かるんだから!!」

「ほらリーダー、誤解を解く為にも名乗りなさい」

「しゃーねえな…」

 黒髪の男は面倒臭そうに頭の後ろを掻き毟り、ルツキに押さえ付けられたアイリスの前へ再び歩み寄る。
 近くに寄るほど、今度は男の威厳がひしひしと伝わり、アイリスは苛立ちと共に思わず息を呑んだ。

 ――間違いなく、彼はレックスなのに。

「俺はノア。クロウディ派のリーダー、ノア=クロウディだ。」

 それは聞き覚えのある名前だった。
 確か、アイリスが軍の本部に行く為の手掛かりとして持ってきた、雑誌の記事。

 “英雄失踪”
 ジルクス軍の英雄として活躍した男。

「ジルクスの英雄…ノア」

「ああ…そりゃ昔の話だ」

 ノアと名乗った男は不機嫌そうに頭の後ろを掻いた。

 レックスじゃ、ない。
 こんなに似てるのに?

「ルツキ。そういや何でこいつ手錠してんの?」

「よく暴れるからですよ。セルディスの輩にも手を出していた程ですからね」

「ぶはっ!マジかよ?」

 レックスじゃないの…?
 本当に?

「おい女、名前は?」

 俯いていたアイリスの顎を掴むと、ノアは無理やり自分の方へと向かせた。
 頭のてっぺんから爪先まで、まるで獲物を品定めするような視線がアイリスを捕らえる。
 それはまるで、荒れ地に住まう獣のよう。
 記憶の中の彼は、草木のような優しい瞳をしていたのに。

 その違いにショックを受けながらも、無意識に口が動いた。

「…アイリス=ミストハート…」

「アイリス、確かそんな花があったな。いい名だ」

 ふ、と軽く微笑んでから、ノアは彼女の顔を掴んでいた手をゆっくりと離した。
 その手は完全に離れる訳でもなく、彼女のウェーブのかかった美しい亜麻色の髪に指を絡め、くるくると遊び始める。
 その光景を見ていたルツキは、思わず声を上げた。

「…珍しいですね。ノアが自分から他人を気に入るなんて」

「だって面白ぇじゃん。テロの中継見てたけど、女のくせに度胸あるし。話によると強ぇらしいな」

「…ノア、変な事を考えないで下さいよ」

 その注意も虚しく、ルツキの感じた嫌な予感が見事的中した。
 ノアはアイリスの肩に腕を回し、自分の元へ引き寄せた。

 違う、違う。この人はレックスじゃない。
 
 心の何処かでそう否定した瞬間、ぞわりとアイリスの身体に悪寒が走る。

「なぁアイリス、俺のチームに入れよ」

「…はあ!?」

 色々な事を模索していたアイリスだったが、その衝撃的な言葉により嫌でも現実へと引き戻された。

「…今、何て言った?」

「リノの誘い断ったんだろ?ならうちのチームに入れ」

「あの、話の流れ変だし。…それに絶対イヤなんですけど」

 この上ない嫌悪の表情のアイリスに対し、悪戯っ子のように口角を上げるノア。
 その二人の会話に、ルツキも口を挟んだ。

「…レジスタンス組織に女を入れるのですか?」

「おう、文句あるか?」

「大有りです。第一、彼女を入れて我々に何のメリットがあるのですか?」

 キッパリと言い放つルツキに、ノアは暫く考え込んだ。

「あっ、俺の部屋の掃除したりー」

「「自分でやりなさい」」



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