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Re1:The first sign
F



 天井に設置されたそれほど明るくもない照明が、歩く度にカタカタと揺れる。
 しんと静まり返った廊下を、アイリスは黙々と歩いていた。
 テープで口を塞がれる事からは解放されたが、両手首を拘束する手錠は未だそのままで、やはりどこか不満そうに眉を釣り上げながら、前を行くルツキに着いて行く。

「どうしたんですか?さっきから大人しくなってしまって」

「……」

 ルツキの言葉にも返答せず、アイリスは下を向いたまま歩き続けた。
 嫌な沈黙が続き、廊下がやけに長く感じる。

「そういえば」

 その空気に耐えかねたのか、ルツキは思い出したように口を開いた。

「例の探し人には会えたのですか?」

「…関係ないでしょ」

 その質問はアイリスの傷をえぐるのに充分すぎた。
 心なしか、目尻にうっすらと涙が浮んでしまう。


 どうして、こんな事になったの?
 私はただ、彼に会いに来ただけなのに。
 十年も離れて暮らしていた幼なじみの、元気な姿を見たかっただけなのに。

 遠路遥々やって来た都会。
 道には迷うし。目的の人は軍に在籍していないし。
 おかしな派閥抗争に巻き込まれるし。
 本当、最悪――っ!!

「着きましたよ。ほら、背筋伸ばして下さい」

「分かってるわよっ」

 泣くもんか。私は強い。誰にも負けない。弱みなんか見せたくない。
 こんな所で落ち込むもんか…っ!!


コンコンッ

「失礼します」

 軽いノックの後、ルツキはゆっくりと部屋の扉を開けた。

「例のお騒がせ娘を連れて来ましたよ」

「…んー…」

 聞こえてきたのは、やる気のなさそうな寝起きの低い声。
 背の高いルツキの後ろから、アイリスは室内を覗き見た。

 埃っぽい部屋の中央に置かれた机の上には、沢山の書物が散らばっている。
 家具は必要最低限の物しか置いていないが、衣服やら何かの器具やらが散らばっており、お世辞にも綺麗な部屋とは言えない。

「また寝てたのですか?」

「あー…、何時?」

「もう夕方です」

 すると奥の寝台に横たわっていた男性が、ゆっくりと起き上がった。
 さらりと流れる漆黒の髪だけが視界に入り、アイリスは顔を確認しようと踵を浮かせる。
 だがルツキの背が邪魔で、どうにも姿を確認する事ができない。

「とりあえず謝罪をして頂きましょう」

「…別にいーよ。騒ぎが収まったんなら、さっさと追い出せ」

 その発言を耳にして、アイリスは黙っていられなかった。
 無理矢理ルツキの背を跳ね退けて、室内に足を踏み入れる。

「ちょっとっ!!無理矢理人を連れて来て、後は放置ってどういう――…」

 言いかけた、瞬間。
 男と視線が交わった。


「え――…」

 アイリスは思わず自分の目を疑い、言葉すら失った。
 部屋の中の寝台に上半身を起こし、こちらを見据える男性。
 見間違える筈のない、その人物は――…

「レックス」

 アイリスはその名を呟いた。
 呼んでから、とてつもない懐かしさに襲われた。

 あれだけ必死に探していた幼なじみが、どうしてここに?
 兵士になる為に軍に志願したんじゃなかったの?
 それどころか、レジスタンス組織のリーダーって、あんただったの?

 再会の嬉しさよりも、巻き込まれた怒りより。
 驚愕の感情が彼女の心を渦巻く。

 だが背後からルツキの咳ばらいが聞こえ、アイリスはハッと我に返った。

「…貴方、いつからレックスになったんですか?」

 それは、またしてもアイリスを混乱させる言葉だ。

「知らねぇ。お前、誰?」

「え…?」

 レックスと思われる男もルツキも、素知らぬ顔でアイリスを見つめる。
 この室内で、自分だけが可笑しな事を言っているように感じた。



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