Re1:The first sign
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*・*・*・*
結局、大人しくしていられなかったアイリスは、テープで口を塞がれた状態のまま昼間の酒場へ連れて来られた。
既に日は傾き始め、燃えるような暁の空が都市を覆っている。
客のいない酒場は昼間と違って薄暗く、閑散としていて、どこか奇妙な雰囲気を漂わせていた。
カウンターの奥の扉を開けると、更に薄暗い廊下が続いている。
ギシギシと木製の床が軋み、建物自体そう新しくないものだという印象を受けた。
アイリスは未だ手錠をしたまま、とある一室へと連行された。
後ろ手で扉を閉め、灯りを点すと、腕を掴んでいた男達は荒々しく彼女の体を床へ押し倒す。
「んっん!!んーんんっ!!(ちょっと!!何すんのっ!!)」
「ちっ…うるせぇ女だな。殺しちまえば楽なのに、ルツキさんは何で連れて来たんだ?」
「よく見ろよ、中々いい女だぜ」
一人の男がアイリスの長い髪を掴んで、顔をまじまじと見つめる。
アイリスは当然のように二人を睨み上げた。
よく見ると、男達は彼女と同年代かそこらの少年だった。
そういえば、先程のバーテン…名はルツキだと言っていたが、彼も若い印象を受ける。
やっている事は同じでも、セルディス派の方がよっぽど年齢層も上だ。
だがしかし、こんな少年のギャンググループのような集団に、天下のジルクスが手を焼いているというのか。
――クロウディ。
どこかで聞いた事のある響きだ。
「ホラ、可愛い顔してんじゃねぇか」
「おい、やめろ。バレたらリーダーに殺されっぞ」
「ちょっとだけだって…」
そんな考え事をしている間に、男が不躾にもアイリスの脚に手を伸ばした。
その手は徐々にスカートの中にまで及ぶ。
させるか…!!
「うわっ!?」
黙ってやられるアイリスではない。
すかさず男の手を手錠で払い除け、その隙に彼の顔面に蹴りを入れた。
「こ、こら!!大人しくしろ!!」
もう一人の男が慌てて取り押さえようと、アイリスに手を伸ばす。
だが彼女は直ぐさま振り返り、目にも止まらぬ速さで男の背後に回り込んだ。
すると、アイリスは殴るわけでも蹴るわけでもなく。
トン、と一瞬だけ、後ろから軽く男の肩に触れた。
「え?」
すると、どうだろう。
叩かれた箇所がみるみる熱くなり、関節の骨がいとも簡単に外れた。
ボキッという嫌な音が、狭い室内に響き渡る。
「ぎゃあああぁっ!!う、腕がぁぁああっ!!」
一人は頭を打って気を失い、一人は自分の身体の異変に悶え苦しんでいる。
残ったアイリスは、肩で息をしながらガッツポーズを決めた。
と、その時。
パチパチと、どこかで聞いたようなささやかな拍手が聞こえた。
「流石、お見事ですねぇ」
振り返ると、そこには先程のバーテンが、壁に背をもたれながら呑気な笑顔を浮かべていた。
「んっ!んんーーっ!!」
「はいはい、何言ってるのか分かりませんよー」
男はゆっくりと彼女の口元に貼られたテープを剥がした。
ようやくまともに会話ができる状態となったアイリスは、不満を次々と打ち明ける。
「何なのよ、もう!!状況を説明してよっ!!あたしは昨日この都市に来たばっかりってアンタには言ったでしょ!?軍ともセルなんたらとも」
「貴女、自分が何をしたのか分かっていますか?」
「関係ないって……は?」
文句を遮ったその言葉に、アイリスは首を傾げる。
男は室内に置かれた椅子に腰掛け、足を組んだ。
「…先程のテロ活動。放っておけば軍が処理する筈の事件に、貴女は余計な関与をしてしまった」
「あ、あたしはただ…馬鹿げた連中に説教しただけよ!!」
「気付きませんでしたか?あの救急センターには沢山の報道局が押しかけていたのです。突如乱入した貴女を、彼らは『クロウディ派』と大々的に報じてしまったのですよ」
つまりアイリスが起こした行動によって、彼女もセルディス派に反発するクロウディ派だと都市中に放送されてしまった訳だ。
「…全く、我々があんな馬鹿げた茶番に表立って行動する筈ないのに。これ以上評判を落とさない為に、貴女を確保しろとリーダーから言い使ってきました」
「…レジスタンス組織が評判なんか気にするの?」
「チームはね、ナメられたら終わりなんですよ」
穏やかな口調の裏には、どこか野心を抱いたような言い方。
どちらにしろ、自分の起こした行動によりチームの誇りに傷を付けてしまった訳だ。
アイリスは不本意ながらも、素直に頭を下げる。
「それは…悪かったわ」
「謝罪はリーダーに直接お願いします。ご案内しますから」
そう言って、彼はアイリスを部屋の外へ促す。
部屋を出て行こうとしたその時、彼女にやられてしまっていた男達が苦しそうに声を上げた。
「ルツキさぁ〜んっ!これ治して下さいよ!!」
おかしな方向に曲がった自身の肩を指差し、男は涙ながらに訴えた。
しばし彼を見つめた後に、ルツキと呼ばれた男は口を開く。
「…アイリスさん、貴女なら簡単に治せますよね?」
「え?ま、まぁ…」
すると男はニッコリと満面の笑みを浮かべ、倒れている男に手を振った。
「暫くは我慢しなさい。“つまみ食い”しようとした、お仕置きです」
「そ、そんなぁ!!」
男は必死に懇願するも虚しく、アイリス達は部屋を後にした。
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