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Re1:The first sign
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 気付けばアイリスは、彼の手からバラをたたき落としていた。
 散りゆく花弁が、風に掠われる。
 舞い上がる紅の中。
 厳かに浮かぶアイリスの凛とした表情に、リノは目を見開いた。

「――小さい」

「…え?」

「小さいんだよ…お前。思考も行動も全部が幼稚だって言ってんだよ!!」

 その場にいる者は皆、開いた口が塞がらなかった。
 リノも、サイムも、人質である患者達も、包囲していた兵士達も、野次馬も。
 ただぽかんと、少女の怒声に耳を傾けていた。

「くだらない派閥抗争で意気がってんじゃねぇよ!お前らのしてる事は、物事の善し悪しも知らないガキが玩具振り回して遊んでるのと一緒だろ!?そんなヒマがあんなら、政治の一つでも勉強しやがれ!!!」

 しん、と静寂が響き渡る。
 黙って聞いていたリノは、次第に肩を震わせていった。
 常に自信満々で優雅さを怠らなかった彼の異変に気付き、サイムは慌てて口を挟んだ。

「て、てめぇ!!よくもリーダーにそんな口を…っ」

 ドゴォォオオオォンッ!!!!

 その時、巨大な爆音が響き渡り、サイムの言葉を遮った。
 救急センターの大きな塀が破壊され、一台のトラックが突っ込んでくる。

「ま、まずい!クロウディの連中だっ!!」

「退却準備っ!!!急げ野郎共ーーっ!!」

 未だ硬直したまま動かぬリノに代わり、サイムは慌てて仲間に退却命令を下す。
 今回の犯人グループと思われるセルディス一味は、次々と建物から飛び出してゆく。
 だがその連中目掛けて、トラックからの射撃が始まった。

 ズガガガガガッ!!!

「うきゃぁっ!?な、何なのよこれ!!!」

 その激しい銃撃戦に、流石のアイリスも物影に身を潜めた。

「…全く、馬鹿な連中ですね」

「え?」

 またしても聞き覚えのある声だ。
 アイリスが顔を上げるとセルディス一味の姿は既にそこに無く、救急センターは射撃の名残である白い硝煙に包まれていた。

「き、貴様ら…クロウディ派か!?」

「一人でもいい!!奴らを捕えろっ!!」

 それまで黙って見ていた軍の兵士らは、一斉に乱入者達へと向かっていく。

「ほわっ!?」

 突然何者かに腕を引かれ、アイリスは思わず奇怪な声を上げる。
 重力に逆らってふわりと体が浮いたと思ったら、クロウディ派と呼ばれた男の一人に軽々と担がれていた。

「ちょっとアンタ!!どこ触ってんのよ!!」

 じたばたと騒がしく抵抗していると、途端にトラックの荷台へ乱暴に投げ込まれた。

「痛っ!!」

「撤収しますよ」

 口元をバンダナで覆った男は、テロリストとは思えない程落ち着いた声だった。
 そのまま自分もひらりと荷台へ乗り込むと、トラックは再び動き出し、激しいエンジン音と共にジルクスの兵士に突っ込んでいく。

 ブォオオォッ!!

「うわあぁぁっ!!」

 トラックは乱暴な運転で兵士達の包囲網を切り抜け、穴の空いた塀から再び道路に飛び出す。
 そうして何とか、混乱の救急センターを後にした。


*・*・*・*



「…〜〜〜っアンタ達バカじゃないの!!?しかも何であたしまで逃げなきゃなんないの!!」

「馬鹿は貴女です。あんな状況でぼーっとしてたら射殺されますよ」

「乱射してたのはあんたらでしょーがっ!!!」

 首都高速道路を走るトラックの上で、アイリスは不満を怒鳴り散らていた。
 荷台には他にも数名の男が乗っており、皆口元をバンダナで覆っている。
 いかにも、といった雰囲気を漂わす彼らに睨まれながらも、アイリスは負けじと口を開いた。

「…あんた達、クロウディ派?」

「少しは勉強したみたいですね。“アイリス”さん」

「な、何であたしの名前…っ」

 そこでようやくアイリスは、男の正体に気付いた。
 聞き覚えのある丁寧な敬語に、笑みを絶やさぬ瞳。
 それは、まさしく。

「あんた…っ昼間のバーテン!?」

「今更気付きましか、鈍いですねぇ」

 何故酒場のバーテンがテロ紛いな事をしたのか。
 何より関係ない筈の自分を連れて去った理由が、アイリスには分からなかった。
 混乱中の彼女を差し置いて、男は淡々と続ける。

「アジトに着くまでは大人しくして下さいね。今捕まってしまったら、計画が水の泡ですから」

 カシャンッ

「へっ?」

 男の言葉の意味を理解する間もなく、手首にのしかかった重みにアイリスは思わず間抜けな声を出す。
 気付けば彼女の両手には、頑丈そうな鉄製の手錠がしっかりと掛けられていた。

「ちょっと!!何よこれっ!?」

「静かにして下さい。テープで口を塞がれるのは嫌でしょう?」

「どっちも嫌よ!!さっさと取りやがれこの野郎――…ッ!!」

 アイリスは男に噛み付こうと飛び掛かるが、数人の男達によって取り押さえられる。
 狭いトラックの荷台で、アイリスはこれでもかというくらいに抵抗してみせた。
大の男数人でも手に負えないその惨事に、バーテンだった男は深い溜息をついた。

「…田舎の女性はこんなにも野蛮なものですかねぇ」


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あきゅろす。
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