Re1:The first sign C *・*・*・* 『む、無駄な抵抗は止めて大人しく武器を捨てろ!』 「うるせぇ!こっちには人質がいるんだ!!てめぇらこそ退きやがれっ!!」 建物内から聞こえるのは、乱暴そうな男の声。 この救急センターには、怪我や病気で動けぬ人質が大勢いる。 むやみに相手を刺激すれば、何をするか分からない。 その為、駆け付けた兵隊は中々突入できずにいた。 だが此処に一人だけ。 そんな事情など露知らず、無謀な行動を取る少女がいた。 『セルディス派とかいうヒマ人に告ぐっ!!!!』 その声の主は、一人の兵士から拡声器を奪い、大声で犯人を刺激するアイリスだった。 『こんな事してもねぇ、軍はあんた達なんか相手にしてないってさ!!!あと5秒以内に出てこなきゃ突入するからね!!』 見知らぬ少女の登場とその有り得ない言動に、暫し唖然としていた兵士。 だがふと我に返り、事の重大さに気付く。 その時既に、恐怖のカウントダウンは始まっていた。 『ごぉー、よーん、さーん、にーい…』 「こ、こらっ!止めないか!!」 軽快に数を数えるアイリスを、兵士が慌てて彼女を取り押さえようとする。 その時だった。 『いーち…』 ドォォオオンッ!! 聞こえたのは爆発音。 突然建物の壁が破壊され、白い煙が立ち込める。 その中からうっすらと見える人影に、アイリスや兵士達は目をこらした。 煙が、徐々に晴れていく。 「どこの馬鹿女かと思えば…」 「お?」 なぜか聞き覚えのある声が耳に入り、アイリスは首を傾げた。 壁を突き破って現れたその人物は、殺気に満ちた表情で彼女を睨んでいる。 その巨体。乱暴な言葉遣い。ダミ声。 かろうじて、まだアイリスの記憶に残っていた。 「…またてめぇか、クソアマ!!!!」 「あぁっ!!さっきの酔っ払い!!?」 アイリスは男を指を差し、大声で叫んだ。 無理もない。 先程酒場で出会った大男が、正しくテロリストだったのだから。 「犯人ってあんただったんだ!何でこんな所を占拠してんの?」 「てめぇのせいだろがっ!!」 激怒する大男に対し、アイリスは冷静に過去の記憶を掘り返す。 「あぁ…、あたしが関節外したから病院来たのね。大丈夫だった?」 「大丈夫じゃねぇっ!!三時間も痛ぇ思いしたんだぞ!?」 「たった三時間で治ったんなら良かったじゃない」 ケラケラと笑い、えらく楽観的なアイリスの態度は、大男を苛立たせるばかり。 「てめえには痛い思いしてもらわねぇと気が済まねぇな…」 「無理よ、あんた鈍いし」 「ぶっ殺す!!!!」 大男がアイリスに向かって行こうとした、その時。 「待て、サイム。女性に手を上げるんじゃない」 聞こえてきた制止の声は、凛とした大人しいもの。 先程破壊した壁の穴から、もう一人の男性が姿を現した。 長いストレートの銀髪を靡かせながら白いスーツを身に纏い、颯爽と歩くその姿は、どこからどう見ても紳士。 その場の空気とはそぐわない人物の登場に、アイリスや兵士らは唖然としていた。 「り、リーダー!!だけどこの女が俺の腕を…!」 「君は女性の扱いも知らないのか?僕に任せたまえ」 そう言うなり、男はこちらに歩み寄る。 アイリスは表情を険しくしながら、警戒した。 「…あんたがリーダー?」 「いかにも、この僕こそ反ジルクス組織セルディス派のリーダー、リノ=セルディスです。以後お見知り置きを」 リノと名乗る男は一礼すると、アイリスの手を取り、甲に口付けた。 まるで貴族の男性が、婦人に挨拶をするかのように。 野蛮な組織のリーダーとは思えない、紳士のような立ち振る舞いに、一同は拍子抜けしてしまった。 だがアイリスだけは警戒心を解かぬまま、解放された手の甲をゴシゴシと拭う。 その杜撰(ずさん)な行動に、リノの表情が少し歪んだ。 「あんたがリーダーなら話は早いわ。今すぐ人質を解放してこの場から退いて」 「残念ながら無理な相談です、マドモアゼル」 「ま、まどもあ…!?私はアイリスよっ!!」 声を張り上げ、必死に名前の訂正を抗議するアイリス。 田舎娘は“令嬢”の意味を知らなかった。 「失礼、アイリス嬢。ですが我々とて、一度起こしたクーデターからあっさり引き下がる訳には行かないのですよ。まぁ…貴女次第で動かない事もないですが」 「…どういう意味?」 アイリスの顔が歪む。 するとリノは、スーツの胸ポケットに刺していた一輪の赤いバラの花を差し出した。 「この豪腕サイムを負かした貴女に興味があります。どうです、我々の仲間になりませんか?」 「り、リーダー!?」 サイムと呼ばれた大男は、慌ててリノを制止しようとした。 だが彼は真っ直ぐにアイリスを見つめる。 「私は、貴女のような強く美しい女性が好きです。共にこの都市を手に入れましょう?欲しい物は何でも、力で手に入りますよ」 妖艶な笑みに甘い誘惑。 アイリスは、差し出された真っ赤なバラの花をじっと見つめていた。 欲しいものは、力で手に入る。 そうね…昔は私もそう思ってた。 力さえあれば、全てが上手くいくと思っていた。 だけどね。 岩より固いあたしの信念を根底から覆したのは、弱い筈の彼だったんだ。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |