Re1:The first sign
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『む、無駄な抵抗は止めて大人しく武器を捨てろ!』
「うるせぇ!こっちには人質がいるんだ!!てめぇらこそ退きやがれっ!!」
建物内から聞こえるのは、乱暴そうな男の声。
この救急センターには、怪我や病気で動けぬ人質が大勢いる。
むやみに相手を刺激すれば、何をするか分からない。
その為、駆け付けた兵隊は中々突入できずにいた。
だが此処に一人だけ。
そんな事情など露知らず、無謀な行動を取る少女がいた。
『セルディス派とかいうヒマ人に告ぐっ!!!!』
その声の主は、一人の兵士から拡声器を奪い、大声で犯人を刺激するアイリスだった。
『こんな事してもねぇ、軍はあんた達なんか相手にしてないってさ!!!あと5秒以内に出てこなきゃ突入するからね!!』
見知らぬ少女の登場とその有り得ない言動に、暫し唖然としていた兵士。
だがふと我に返り、事の重大さに気付く。
その時既に、恐怖のカウントダウンは始まっていた。
『ごぉー、よーん、さーん、にーい…』
「こ、こらっ!止めないか!!」
軽快に数を数えるアイリスを、兵士が慌てて彼女を取り押さえようとする。
その時だった。
『いーち…』
ドォォオオンッ!!
聞こえたのは爆発音。
突然建物の壁が破壊され、白い煙が立ち込める。
その中からうっすらと見える人影に、アイリスや兵士達は目をこらした。
煙が、徐々に晴れていく。
「どこの馬鹿女かと思えば…」
「お?」
なぜか聞き覚えのある声が耳に入り、アイリスは首を傾げた。
壁を突き破って現れたその人物は、殺気に満ちた表情で彼女を睨んでいる。
その巨体。乱暴な言葉遣い。ダミ声。
かろうじて、まだアイリスの記憶に残っていた。
「…またてめぇか、クソアマ!!!!」
「あぁっ!!さっきの酔っ払い!!?」
アイリスは男を指を差し、大声で叫んだ。
無理もない。
先程酒場で出会った大男が、正しくテロリストだったのだから。
「犯人ってあんただったんだ!何でこんな所を占拠してんの?」
「てめぇのせいだろがっ!!」
激怒する大男に対し、アイリスは冷静に過去の記憶を掘り返す。
「あぁ…、あたしが関節外したから病院来たのね。大丈夫だった?」
「大丈夫じゃねぇっ!!三時間も痛ぇ思いしたんだぞ!?」
「たった三時間で治ったんなら良かったじゃない」
ケラケラと笑い、えらく楽観的なアイリスの態度は、大男を苛立たせるばかり。
「てめえには痛い思いしてもらわねぇと気が済まねぇな…」
「無理よ、あんた鈍いし」
「ぶっ殺す!!!!」
大男がアイリスに向かって行こうとした、その時。
「待て、サイム。女性に手を上げるんじゃない」
聞こえてきた制止の声は、凛とした大人しいもの。
先程破壊した壁の穴から、もう一人の男性が姿を現した。
長いストレートの銀髪を靡かせながら白いスーツを身に纏い、颯爽と歩くその姿は、どこからどう見ても紳士。
その場の空気とはそぐわない人物の登場に、アイリスや兵士らは唖然としていた。
「り、リーダー!!だけどこの女が俺の腕を…!」
「君は女性の扱いも知らないのか?僕に任せたまえ」
そう言うなり、男はこちらに歩み寄る。
アイリスは表情を険しくしながら、警戒した。
「…あんたがリーダー?」
「いかにも、この僕こそ反ジルクス組織セルディス派のリーダー、リノ=セルディスです。以後お見知り置きを」
リノと名乗る男は一礼すると、アイリスの手を取り、甲に口付けた。
まるで貴族の男性が、婦人に挨拶をするかのように。
野蛮な組織のリーダーとは思えない、紳士のような立ち振る舞いに、一同は拍子抜けしてしまった。
だがアイリスだけは警戒心を解かぬまま、解放された手の甲をゴシゴシと拭う。
その杜撰(ずさん)な行動に、リノの表情が少し歪んだ。
「あんたがリーダーなら話は早いわ。今すぐ人質を解放してこの場から退いて」
「残念ながら無理な相談です、マドモアゼル」
「ま、まどもあ…!?私はアイリスよっ!!」
声を張り上げ、必死に名前の訂正を抗議するアイリス。
田舎娘は“令嬢”の意味を知らなかった。
「失礼、アイリス嬢。ですが我々とて、一度起こしたクーデターからあっさり引き下がる訳には行かないのですよ。まぁ…貴女次第で動かない事もないですが」
「…どういう意味?」
アイリスの顔が歪む。
するとリノは、スーツの胸ポケットに刺していた一輪の赤いバラの花を差し出した。
「この豪腕サイムを負かした貴女に興味があります。どうです、我々の仲間になりませんか?」
「り、リーダー!?」
サイムと呼ばれた大男は、慌ててリノを制止しようとした。
だが彼は真っ直ぐにアイリスを見つめる。
「私は、貴女のような強く美しい女性が好きです。共にこの都市を手に入れましょう?欲しい物は何でも、力で手に入りますよ」
妖艶な笑みに甘い誘惑。
アイリスは、差し出された真っ赤なバラの花をじっと見つめていた。
欲しいものは、力で手に入る。
そうね…昔は私もそう思ってた。
力さえあれば、全てが上手くいくと思っていた。
だけどね。
岩より固いあたしの信念を根底から覆したのは、弱い筈の彼だったんだ。
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