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Re1:The first sign
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 混沌、とはこの光景を差すのだろうか。
 普段も人で入り乱れている中央広場だが、今のこの状況ではそれすら生易しいと思える程に人が密集していた。
 あちらこちらに居た人々が、あちらこちらへと逃げていく。
 当然ぶつかったり、行きたい方向へ行けなかったり、兎に角祭り所の騒ぎではない。
 こうなってしまっては避難誘導員の姿すら見えないので、人々は本心の赴くままに逃げ惑っているのだ。
 方向が合っているのかすら定かではない、この混沌の中でアイリスは至って冷静だった。
 騒ぎに巻き込まれるのは、もう慣れた。
 ここで動揺してしまえば、行く宛のない彼女は本当に逃げ遅れてしまうだろう。

 アイリスはノアの言葉を信じて、ただひたすらに歩いた。
 巨大なクマのぬいぐるみを背負いながら、西門へと歩みを進める。

 都市ジルクスは、円形状の造りになっており、東西南北それぞれに巨大な門が設置されている。
 普段、数えきれないほどの列車が往来する駅は東門と隣接しているのでいつも開放されているが、他の場所はそうもいかない。
 軍用の北門を除けば、南と西は常に固く閉ざされているのだ。

 それを知っているジルクスの住民達は、当然のように東門へと傾れ込む。
 なので中央広場さえ抜ければ、西門への道はそう困難ではなかった。

「おーい!!こっちだ!!」

 金と銅で出来た巨大な門は、いつの間にか全開になっている。
 その向こうで、こちらに手を振る見知った若者の集団があった。

「ボックス…それにハイマンも」

 其処で待っていたのは、バー『Poor Fang』経営担当の面々だった。
 この騒ぎの中で一人ぼっちだったアイリスは、見知った顔を見つけて漸く安堵した。

「アイリス!無事だったんだな!!」

「う…うん、何とか…」

 促されるままに西門を出れば、暗い道が広がっていた。
 其処には一台の大きなトラックが停まっており、どうやら他のメンバーも乗っているようだ。

「…ねぇ、これって何?何が起こってるの…?」

 状況が分からないままだったアイリスは、縋るように彼らを見た。
 けれど答えは返らず、何故か背負っていたクマのぬいぐるみに手を伸ばされた。

「これか、ルツキさんの言ってたブツは」

「はぁ…!?」

 彼らは質問に答えず、アイリスが担いでいたクマのぬいぐるみに注目した。
 良い年頃の男達が、揃いも揃って愛嬌のあるそれを囲んでいる様は、傍から見れば滑稽なものでしかない。
 すると彼らは懐から小型のナイフを取り出し、一斉にぬいぐるみへと突き刺した。

「っ、ちょっと…何すんのよ!!」

 あの混乱の中、一生懸命担いできた荷物を壊されたアイリスは、青年達を制止した。
 けれど無情にもクマは引き裂かれ、白い綿が痛々しく飛び出てしまった。

「おい、あったぞ!」

 アイリスは怒りに震えていると、青年達は何かを発見したようだ。
 ビリビリとクマの腹部が引き裂かれていく。
 中から取り出されたものを見たアイリスは、堂目した。

「え…な、何よ、これ…」

「狙撃用ライフル銃だ。射的の景品なんだから、当たり前だろ?」

 まさか、祭りの景品の中に本物の銃を忍ばせるなんて。
 あの射的場の男も、情報屋セスのような“裏”の人間だったのか。
 都会の治安の悪さに、アイリスはほとほと呆れ果てた。

「マクター、後は任せたぞ」

「ああ」

 そうこうしている間に、ライフルはマクターの手に渡ってしまった。
 銃弾を装着する彼の手付きは、素人のそれではない。

 何かが、おかしい。
 こんな非常時に、逆に冷静な彼らの行動が、不思議で仕方ない。

「…あんた達、何してるの…?」

 アイリスの声は、今までより一際小さかった。
 けれどそれは全員の耳に届いたらしく、彼らは一斉に彼女を見た。

「ねぇ…逃げないの?広場の方は火事になってるんだよ?店は大丈夫なの…?」

 誰一人、問いには答えない。
 その静けさが何故か怖い。
 アイリスは一歩ずつ後退った。

「ルツキさんは…?ジィトも、タイガも…他の皆はどこ?マクターさん、何でそんな物騒な物を持つの?」

「アイリス…」

「ねぇ!皆ヘンだよ!!いつもと…全然違う!!」

 そう、違うのだ。
 様子だけではなく、服装も、仕草も、目付きも。
 いつものように、おどけたバー経営の仲間ではない。
 まるで、そう、まるで。

「ノアは…何処なのっ!!?」

 これから戦場に出向く戦士のように、覚悟さえ決めているような気がする。


「――…今回の爆破は、俺達が仕組んだものだ」

 突然、ハイマンがいつになく低い声で言った。

「クロウディ派は、ただのバー経営者の集まりじゃないよ。それはお前も分かってただろう」

 その言葉で、アイリスは頭は凍り付いたように冷えきった。
 無情な言葉は次々とアイリスの耳に入ってくる。

「俺達は…クロウディ派だ。英雄ノアの下で復讐を誓った同胞だ」

「…復、讐…?」

「ジルクスに裏切られた雪辱を果たす為に、今日まで生き延びてきたんだ」

 …その瞬間。
 全員は顔を上げ、一斉にアイリスを見つめた。
 その表情は荘厳で、決意を秘めた強固なものだ。

「俺達は全員、元ジルクス軍隊所属の兵士。二年前…トレニア平原の戦で、捨て駒にされた生存者だ」

「…っ!!?」

 “捨て駒”
 その単語が、アイリスの頭で反芻した。
 年若き彼らに、一体何がそんなものを背負わせたのか。

「当時、身も心もボロボロだった俺達を、リーダー…ノアは、この都市まで導いてくれたんだ…」



『地を這うような思いをしても構わない。泥水を啜ってでも生き延びろ。果敢な軍人だったお前達の信念を、奴らは平気な顔して踏み躙った。この屈辱を決して忘れるな』

『俺達の決意や努力…、そして己が信じた正義の為に、命を懸けて立ち向かう勇気を持て』

『愛すべき同胞ども。その命、俺に預けてみるか』



「ノアは俺達に、もう一度立ち上がる力をくれた。今日のこの計画の為に、俺達は二年間潜伏して好機を伺っていた」

 ジルクス生誕祭は、都市への警戒が強まる為に、本部の警備が少し手薄になる時間帯がある。
 それこそが、あの凱旋パレード。
 初めから彼らは、その瞬間を狙っていたのだ。

「じゃあ…あんた達の目的は」

「第一にジルクス軍総帥の暗殺、本部の爆破、都市壊滅までいけば上出来だな」

 今まで驚く事しか出来なかったアイリスだが、途端に頭に血が上った。

「都市壊滅!?冗談じゃない!!関係ない市民がどうなってもいいって言うの!!?」

「俺達は人として大事なものを奪われた!それを取り返す為なら他の犠牲も厭わない!」

「もう戻れない所まで来ちまったんだよ!!ジルクスと名の付く全てを破壊すると決めたんだッ!!」

 アイリスの怒声すら掻き消すくらいに、青年達は声を張り上げた。
 駄目だ。
 今の彼らに何を言った所で、聞いてくれない。

 アイリスは拳を握り絞めると同時に、唇を強く噛み締めた。
 血の味が、咥内に広がっていく。
 悔しい…悔しい。
 こんな酷い事を、黙って許せる訳がない。

「と、とにかく…アイリス。俺らはあんたを都市から逃がすようリーダーから言われてんだ」

「ノア…に?」

 あれだけ逃げる事を許してくれなかったノアが、この作戦中にはあっさりと解放してくれると言うのだ。

 ――腑に落ちない。
 それならどうして、最初からあたしを追い出さなかったの?
 どうしてあたしを、傍に置こうと思ったの?


「―――…っ!!!!」

 考えるより先に、アイリスの体は動いていた。
 少し離れた場所にいたマクターに思いっ切り駆け寄り、隙を突いてその手からライフル銃を奪う。

「アイリス…っ!?」

 狙撃用ライフル銃。
 恐らく、これを使って暗殺を成し遂げるつもりなのだろう。
 だからこそ、この銃が無くては始まらない。
 まるで貴重な人質でも奪ったかのように、重い銃を腕に抱いて、アイリスは全員に向き直った。
 困惑する青年達を見渡してから、彼らに向けて口を開く。

「あたしは…過去に何があったのか知らない。軍があんた達に、どんな酷い事をしたのかも分からない…。だけどね!ここで大勢の犠牲者を出せば、今度はあんた達に復讐しようとする人が必ず出てくるんだよ!!あんた達と同じような苦しみを味わった人が…、出てくるんだ!!」

 憎しみは、憎しみを生む。
 復讐を遂げて幸せになった人など、いるのだろうか。
 人を殺して手に入れるものなど、虚しいだけだ。
 だから。
 アイリスは決めたのだ。

「…あたしが連れてくる。その“総帥”とかいう奴を」

「は…?」

「そいつに…謝らせる!土下座させて、あんた達の気が済むまでこき使わせてやる!“何て事したんだ”って後悔させてやる!!」

 唐突すぎる彼女の言葉に、全員は唖然とした。
 けれど一度決めた意志と行動は止まらない。

「マクターさん…これから本部へ行くんでしょ」

「…そう、だが」

「あたしも行く。足手纏いにはならないから」

「アイリス!」

 彼女の身勝手すぎる行動を、全員が咎める中。
 マクターだけは真っ直ぐにアイリスを見た。
 夜風に揺れる亜麻色の髪の下に隠れた濃紺の双眸は、迷いなく美しい輝きを持っている。

 そうか、彼女が“あれ”の言っていた――。

「…良いだろう」

「おいマクター!!」

「もう時間がないんだ。駄目だと言っても付いてくるつもりだろう。…それに」

 マクターは、傍らにあった小さなバッグを拾い上げる。
 おもむろに投げられたそれを、アイリスは思わず受け取ってしまった。

「え、これ…」

「恐らく怪我人が出る。医療の心得がある者が居れば、それに越した事はない」

 赤い色をした腰に装着するタイプのバッグ。
 その中身は、包帯、消毒液、ガーゼなどの治療セットだった。

「あたし…まだ卵よ?」

 探るようにアイリスが問えば、マクターは普段から無愛想な顔を崩す事なく溜め息をつく。

「足を引っ張るようなら即刻置いていく。いいな」

「!…はいっ」

 心配そうに見送る青年達に笑顔を見せてから、アイリスはマクターの後を追った。
 狙撃用ライフルを悠々と背負い、前を歩く彼もまた、ジルクスに強い憎しみを抱いているのだろう。

 彼らの手が、血に染まる事だけは避けなければ。
 アイリスは歯を食い縛り、強い眼差しで前を見据えた。

 ジルクス軍本部。
 この都市の中枢部とも言える巨大施設へと、歩き出した。




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