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Re1:The first sign
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「ふぃー…遊んだ遊んだ」

 気付けば日暮れの時間帯。
 空の色は相変わらずの鈍色だが、暗くなりつつあるのが分かる。
 けれどメインストリート前には、昼間よりも更に人集っていた。
 この人込みの中、幸運にもベンチを陣取ったノアは、大きく伸びをする。
 そして、ちらりと隣に座る少女を見やった。

「疲れたか?」

「…まぁね」

 アイリスは、ぐったりとしたまま返事をした。
 そしてベンチの傍らにどっかりと置いた毛皮をクッションにして顔を埋める。
 この一際目を引く物体は、彼女の背丈よりも大きいクマのぬいぐるみだ。
 丸々と太った巨体に、円らな瞳が何とも愛くるしい。
 これが、あの実弾射撃の特賞景品だなんて笑える。
 その後に廻った祭りの催しも、アイリスの常識から外れまくったものばかりだった。
 度肝を抜かれすぎて、もはや放心状態。

「何だよ、楽しくなかったのか?」

 ムッとした顔で問うノアは、まるで小さな子供のよう。
 散々祭りで遊び通したものだから、童心を思い出すのも分かる気がする。

「ううん…むしろ逆。楽しかった」

 驚かされてばかりだったが、楽しくないわけがなかった。
 美味しいものも食べたし、珍しいものも沢山見た。
 都市ジルクスに来てからは災難続きだったけれど、今日の祭りでアイリスは久しぶりに心から笑えたのだ。

「…良かった」

 ――…“良かった”?
 “良かったな”…じゃなくて?

 訝しげにノアを見れば、やはり彼は美しく微笑んでいるだけだ。

「…もうすぐ軍の凱旋パレードが始まる。この辺も通過地点だ」

「パレード?」

「何もお偉いさんだけが通るわけじゃねぇ。一般兵や下級兵…平たく言えば軍関係者全員が参加するんだ」

 何かを含んだノアの言葉で、アイリスはハッとした。
 軍に所属する全員が通るパレード。
 もしかしたら――…アイツ、も。

「見るだろ?」

「あんた…それを知っててあたしを?」

「ま、男所帯の中で奮闘しきたご褒美ってとこだな」

 皮肉でも、嬉しかった。
 見付けられるだろうか。
 いや、見付けてみせる。
 何年経っていようと、あたしがアイツを見違える筈がない。
 決意を固め、アイリスは膝の上で自らの拳を強く握った。

 ――ピピピッ

 その時、聞き慣れない電子音が聞こえた。
 どうやら先ほど見た沢山あるノアのフォンの、どれか一つが鳴っているらしい。

「げ、ルツキだ」

 ディスプレイに表示された名前を見て、ノアはげんなりとした。

 ――この超小型フォンは、相手の名前まで分かるのか。

 こんなハイテク機械、果たして自分が使いこなせるのだろうか。
 アイリスはそんな事を考えながら、フォンを耳に当てるノアに視線を向けた。

「ん、俺だ。……は?あー、今まだ一緒……、分かってるよ。そっちは?……ああ、………そうか、なら良い」

 何のやり取りだろう。
 大方ルツキに「一体いつまで遊び歩いてるんですか!!」などと怒られたに違いない。
 けれど、ふとノアが発した言葉に、アイリスは悪寒が走った。

「…容赦するな。気の済むまで、やれ」

 やれ。
 その一言が、気味悪いほどに冷たかった。
 通話を切った後、ノアはこちらを見る。

「…ルツキさん、何て?」

「ああ…遊ぶのも程々にってよ」

 ノアはフォンをポケットに突っ込むと、再びベンチに腰を下ろした。
 けれど先ほどまでの和やかさは消え、何故か沈黙が続いてしまう。

 どうしたんだろう。
 下を向いたまま口を閉ざすノアに、アイリスは少しの不安を覚えた。

「アイリス」

 突然、ノアが名を呼んだ。

「見付かると、良いな」

「え…あ、うん」

 そう言ってくれたのに、ノアはまだ顔を上げない。
 何か言おうと、アイリスが口を開いた。
 その時だった。

 ――ゴーン、ゴーン。

 大時計の鐘が、定刻を告げる。
 それと同時に華やかなトランペットのファンファーレが鳴り響いた。
 人々の感性。蒸せ上がる熱気。
 アイリスも思わず、ベンチから腰を上げた。

「始まった…」

 軍隊による鼓笛隊の列。
 その後ろでは、凛々しい女性ダンサー達が美しく舞う。
 紙吹雪きが降り注ぐ中、派手な車に乗った軍人達が顔を現した。

 気付けばアイリスはベンチの上に立ち、人垣の向こうを必死に見つめていた。
 列を囲うように歩調を揃えて進む兵士達の顔を確認する。
 けれど陽の落ちかけたこの時間帯では、既に薄暗く、しかも兜の影になってよく見えない。
 あ、でも鼻の形や口元なら分かる。
 それらしき人物は、いない。
 もしかしたら、下級兵の中にはいないのかもしれない。
 アイツ…もしかして出世したんじゃ。
 隊長クラスの軍人にも注目したけれど、やはり違う。
 そうこうしている間に、更に見物人が集まりだした。

「見えない…っていうか人多すぎ!!」

 アイリスは誰に言うでもなく、一人ごちる。
 彼女の頭の中は、最早パレードの事で一杯だった。
 だから、気付かなかった。
 隣にいた彼が、何をしていたかなんて。

「違う…、あれじゃない、あの人も違う…っ」

 アイリスの中で不安が大きくなる。
 初めてジルクスに来た時、本部で言われた言葉が甦ってきた。


『お探しの方は、我が軍の兵士に登録されておりません』

 いないんだ。

 長いパレードの最後尾まで確認した後、アイリスは俯いた。
 すぐ傍で鳴っている音楽が、まるで遠くの方から聞こえるようだ。
 やがて、何も耳に入らない。
 人の声も、雑音さえも。

 アイリスは爪が食い込んでしまうくらいに拳を強く握った。
 痛い。掌が。胸の奥が。




――ドォォォォオオオンッッ!!!!!!

 それは、突然鳴り響いた。
 大地を揺るがす巨大な爆音のせいで、アイリスは現実に返った。

「え……?」

 言葉を、失った。
 目の前を悠々と走っていた軍の車体が、火だるまになっていたからだ。
 焼け焦げた嫌な臭いに、全身が凍り付く。

「きゃあああっ!!」

 誰か、知らない女性の悲鳴が聞こえた。
 それを合図に人々は騒然とし、パレードから離れようと駆け出していく。
 アイリスは、それらの様子を他人事のように淡々と見ていた。
 めらめらと燃え上がる炎を見つめながら、やがて状況を把握した。

 あの車。真っ赤に塗装された派手な車には、人が乗っていたのに。
 ――…爆発、した。

 そして漸くアイリスは、隣が忽然と空いている事に気付いく。

「え、嘘…っ」

 いない。いつの間に。
 何もかも考える余裕がなくなり、アイリスは拠り所を探して巨大なクマのぬいぐるみにフラフラとしがみついた。

 ――ピピピッ!

 タイミング良く、聞き覚えのある音がした。
 アイリスは茫然としながら、恐る恐るポケットの中の物を取り出してみる。
 真っ白な小型のそれは、忙しなく鳴り響き、何かを訴えていた。
 ディスプレイには“BLACK”と表示されている。
 アイリスは半信半疑で“通話”の箇所に触れ、耳に当てた。

『――…生きてるか?』

 聞こえてきたのは、今しがた隣にあった筈の声。

「の、ノア…っ」

『その辺りも直にヤバくなる。いいか、クマを持って西門に逃げろ。迎えは用意してある』

 何が何だか分からない。
 クマにしがみ付きながらフォンを片手に目を泳がせるアイリス。
 そんな彼女を取り残して、人々は四方八方へ逃げ惑う。
 ノアの話は構わず続いた。

『アイリス。…幼なじみは、パレードにいたか』

 どうして今、そんな事を。

「いな、かった…」

『……そうか』

 逃げなきゃ。
 アイリスは立ち上がり、自分の身の丈もあるクマを背負った。
 先程までノアが担いでくれていたが、それほど重くない。

『そいつ、間違いなく軍に入隊したんだな』

「……う、ん」

 ふらふらと歩きながら、アイリスは肯定した。
 けれど、自信が無かった。
 唯一の証拠は、写真の中の彼がジルクスの鎧を着た姿しか知らないからだ。

 疑いたくはないけれど、本当にジルクスに入隊したのだろうか?

『分かった』

 大きくなりつつあったその不安は、意外にもノアの言葉によって消えていく。

『俺が探してやる。もしかしたら“まだ”大丈夫かもしれねぇ』

「え…?」

『何も心配すんな。いいから、お前は西門に行け。あ、クマ忘れるな』

 ノアの言葉の意味を、アイリスは理解出来ない。
 けれど、この混乱の中で彼の声が唯一の希望のように感じた。

『…アイリス』

 ノアの声が、遠くなる。

『元気で、な』

 それを最後に、通話は途絶えた。







「…終わりましたか?」

 冷淡な声を投げ掛けられたノアは、漸くフォンをポケットに仕舞う。
 そして邪魔な後ろ髪を紐で縛り、動きやすい靴に履き替えた。

「ルツキ、今の状況は」

「C班は既に裏口から侵入しています。やはりあの男の情報は正しかったようですね」

「見取り図は?」

「これを」

 手渡された紙を広げると、細かい通路が蟻の巣のように記されていた。
 赤と黒のインクで様々にマーキングされたその道筋を、ノアは真剣な表情で辿っていく。

「恐らく」

 同じく神妙な顔付きのルツキは、その中のある一角を示した。

「此処に」

 ノアは目を細めた。
 此処に。そう思うだけで、様々な想いが駆け巡っていくのだ。
 体が、心が。震え上がる。

「ノア、そろそろ時間です。行きましょう」

 ルツキに促され、ノアも立ち上がった。
 周りを見渡せば、既にメンバーは集まっている。
 皆、悲願の時を待ち侘びていたのだ。
 ノアは、精悍な声で全員に告げた。

「…今こそ切願の刄を掲げる時だ!!お前達は自分の信念に誇りを持ち、血塗られた記憶を精算する為に戦い抜け!!勝利を!!この手に!!!」

『勝利を!!この手に!!!』

 同胞を率いて、ノアは歩み出す。
 これは只の戦じゃない。
 此処にいる一人一人が自らの過去を証明する為に、挑むのだ。

 待っていろ、愚かなジルクスの蝿ども。
 貴様ら罪人を粛清する為、英雄は地の底から舞い戻ってきたのだ。



TO BE CONTINUED...

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