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Re1:The first sign
A


*・*・*・*



 都市の片隅にある人通りの少ない閑静な居住区に、ぽつんと店を構える酒場。
 まさかこんな場所が、噂のレジスタンス組織のアジトだとは夢にも思わないだろう。
 そんな事を考えながら、アイリスは古い木製の廊下を歩いていた。

 昨日案内された、一番奥の部屋。
 そこがリーダーであるノアの自室だ。

 ――コンコンッ

「ノアさーん」

 一応ノックはしてみたものの、中から返事はない。
 仕方なくアイリスはドアノブを回し、室内へと足を踏み込んだ。

「…朝、ですよー」

 目的の人物は、昨日見た時と同じく奥の寝台で横になっていた。
 起きる気配はまるで無く、ピクリとも動かない。
 床に散乱した物を避けながら、アイリスは恐る恐る彼の寝台に近付いた。

「ノア、さん?」

「…んー…」

「あの…ルツキさんが作戦の準備しろって」

「…なに、誰…?」


『――…誰?』

 それは、今朝に見た夢。
 記憶の中の幼なじみが、素知らぬ顔で言った言葉。

 胸が、締め付けられる。


「きゃっ!!」

 すると突然強い力で腕を引っ張られ、寝台の上へ倒れ込む。
 抵抗しようと顔を上げると、そこには会いたかった筈の顔があった。
 安らかな、寝顔だ。

「…レックス」

「違う」

 不意に口から出た呟きを否定され、アイリスは慌てて口を塞ぐ。

「俺の名は、ノア」

 目の前には、意地悪な笑みを浮かべるノアの顔。
 からかわれた事に気付き、アイリスはすぐに寝台から起き上がった。

「…分かってる!!」

「怒んなよ、悪かった」

 ノアは大きく伸びをしながら、心にもない謝罪をした。
 その飄々とした態度が、更にアイリスの機嫌を悪くさせる。

「どうでもいいけどさ、幼なじみと似てるからって俺に当たるのはやめろよ」

「別に当たってなんか…」

「レックスって男だろ。分かった、惚れてんだ?」

 ピタリと、アイリスの動きが止まった。

「ルツキから聞いたぜ。軍隊に志願した恋人に会いたくて遥々北の果てから来たんだって?健気だねぇ」

「恋人…じゃないわよ」

「なんだ、違うのか」

 つまんねぇ、と呟きながら、ノアは机の上に置いてある煙草を手に取った。
 ライターで火を点け、煙を吸い、吐く。
 そんな一連の動作を、アイリスはぼんやりと見つめていた。

 レックスは煙草の煙が大の苦手だった。
 大人になっても煙草だけは吸わないと、優しく苦笑していた。

「…ノア、さん」

「ノアでいい」

「ノア、貴方…軍隊に入ってたんでしょ?ジルクス軍のエリート将軍で、『英雄』って呼ばれてたんでしょ?」

「…昔の話だけどな」

 ふぅ、と煙を吐き出し、ノアは目を細める。

「ならお願い、本部へ行って兵士名簿を調べさせて」

「は?」

「私の幼なじみ、軍に入隊した筈なのに在籍していないって言われたの」

 真剣なアイリスの視線を受けるが、ノアからの返事は冷たいものだった。

「軍の訓練は厳しいからなぁ…、恐くて逃げ出したんじゃねぇの?」

「あいつは絶対に逃げたりしないっ!それにちゃんと手紙が来たの!!」

 アイリスは即座に服のポケットから一通の手紙を取り出し、ノアに手渡した。

「『訓練は辛いけど毎日が楽しい』って書いてあるし、ほら!写真も!!」

 同封された写真は、とても古めかしい物だった。
 写っているのは三人の男性。
 軍の鎧を着て、楽しそうに笑っている。

「…え?」

 その中心に写っている一人の顔を見て、流石のノアも驚愕したようだ。

 それは、紛れも無く自分と瓜二つな若者だった。
 灰色の髪に、同色の瞳。
 柔らかく微笑むその青年は、少し儚げな印象を受ける。

 すると――…

「…似てませんね」

「わっ!ルツキさん!?」

 気配も無く、突然現れたルツキ。
 ノアの隣で写真を覗き込みながら、やれやれと肩を落とした。

「い、いつからこの部屋に…?」

「今来たばかりですよ。中々戻って来ないので、狼の朝食となってしまったのではないかと思いました」

「てめえ、ルツキ。サラッと爆弾投下すんな」

 ノアの悪態を無視し、爽やかな朝に相応しい笑顔を浮かべたまま、ルツキはノアの手から写真を奪い取った。
 そして写真の中の優しそうな青年と、寝起きで不機嫌そうなノアを見比べる。

「…確かに顔付きはどことなく似ていますが、髪色も瞳の色も違います。第一、ノアがこんなに穏和な表情をしている場面を見た事がありません。気味が悪い」

「おい、本人を前にして失礼だぞ」

「残念ながら、全くの人違いですよ」

 ルツキは丁寧に写真を封筒に仕舞い、アイリスに返した。

「それに、俺はクロウディ派の頭だぜ。今更本部に出向いてみろ。即逮捕されちまう」

「…あんた達、そんな悪い事してるの?」

 アイリスからの疑ぐり深い眼差しを受け、二人は同時に顔を見合わせた。
 するとルツキは、わざとらしい咳ばらいをしてみせる。

「…早く身支度を済ませてください、ノア」

「はいよー」

「え、ちょっと」

 話をはぐらかされた途端、解散していく二人。
 部屋から出て行こうとするルツキを引き止めようと、アイリスは手を伸ばした。
 だが背後から聞こえる布の擦れる音に気付き、嫌な予感がしながらも、アイリスは後ろを振り返る。

「俺、着替えたいんだけど……もしかして手伝ってくれるの?感激だなぁ〜♪」

「んな訳あるかあああああっ!!」

 既に上半身だけ裸になったノアに怒鳴り散らし、アイリスは顔を真っ赤にしながら勢い良く部屋を出て行った。

「…くくっ、カワイーね」

 勢いよく閉まった扉を見つめながら、ノアは笑みを零す。
 そしてふと、先程の写真を思い出した。

 彼女が自分に似ていると言い張る、穏やかに微笑んでいた灰色の青年。

「レックス…か」

 その小さな呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。



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