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君に届けたい
#07







あちこちからドアの開く音。



「──ンだよい、コレからって時に!」

身を起こしたマルコは、既に【海賊】の貌(カオ)をしていた。

パンツを引き上げてサッシュを締め直し、ヒイロにチュッとキスをした。

「俺が戻るまで隠れてろい、一応な」

しかし、ドアから外へ向かう彼の顔は、厳しい顔のまま。


精悍な横顔で「すぐ片付ける」と言ったニヤリ顔は、ヒイロが漫画の中で憧れた【一番好きなマルコ】だった。

ドアが閉められた数秒後、砲弾の振動と響く怒声の中、ようやく起き上がったヒイロ。
下着を身に付け、スパッツを履いて、何となしにマルコが脱ぎ捨てたシャツを羽織った。

先程の熱、海賊の横顔を噛み締め、着込んだ大きなシャツを掻き抱き、溜め息混じりに呟いた。


『惚れ直しちゃうじゃない……』





マルコから言われた通り、身を潜めようとした時だった。

「嫌ァッ!」

どからかマリカの悲鳴が聞こえた気がした。


隠れてなんかいられなかった。
既に可愛い妹分になっていたマリカに、危機が迫っている。

勢いよく部屋を出て、甲板へ続くドアに背を付けて辺りを伺う。

相変わらずの怒声、金属がぶつかり合う音、飛び交う銃声。

その中で、必死に目当ての声を探した。


『マリカ何処!?』

ヒイロさん助けて!

「うるせェ!「キャア!」まだ女がいるンじゃねェか」

男の声とマリカの悲鳴が聞こえた。

そこらに倒れていた、襲撃者と思しき見知らぬ男の傍らから剣を穫り、声のする方へ向かう。


大胆にもそこは船長室だった。



マリカの服は無惨にも胸元が引き裂かれ、殴られたのか口元には一筋の赤。
やはり表情は恐怖に引きつっていた。

それを目視した途端に、ヒイロの心の奥底に、

初めて殺意が芽生えた───。



振り返った男に、持っていた剣を投げつけた。

投げた剣は、男の右肩に突き刺さり、利き腕を封じる事が出来たようだった。
男が苦痛に悶えた瞬間には、マリカとの間に割って入り身構えていた。


「クソ!このアマ…!」

男が何とか左手で短剣を抜いた、が。

ヒイロはその身体を反転させ、右足を下から振り上げた。


トン


振り上げた右足を床に置いた瞬間、男の身体から血が吹き出た。





**********






ゴゥ!


「──何だ今のは!?」

久方振りに前線に出ていた親父が振り返った時には、粗方の敵は闘える状態ではなかった。

最早後片付けに近い状態だったが、そんな時にいきなり感じた感覚。


覇気とは違うが、それに近い威圧感。



バシャッ!と船長室で物音がした。


船長室のドアから、背中から倒れて出る男が確認出来た。
その胸から吹き出す血。

あとから出てきたのは、血塗れのヒイロ。


「ヒイロ!?」

一番近くにいたエースが駆け寄った。


『エー…ス…、マリカを…お願い…』

途切れながら言い切った両手が激しく震えていた。

「中か!? 分かった!」

室内に飛び込んだエースを見て、白ひげが「マルコォ!!」と叫んだ。

「いるよい!」

ヒイロの傍らに飛び降りた。

「ケガは!?」

血に汚れた顔を手で拭った。

『どこも…痛く…ない』

「…良かった」

安堵して足下に視線を落としたが、その先にあるヒイロの右足だけに、僅かな血糊。


『わ…たし、が…』

「お前が…何だ?」

「──ゲフッ!そう…だ、お前ェだ…」

ヒイロの蹴りで胸を裂かれた男が顔だけ上げてそう言った。
貌に血の気はない。
出血の量から見て、今わの際のようだった。

それを察し、マルコの腕を振り解いたヒイロは駆け寄り、胸に男の顔を抱いた。


「──白…ひげェ…、こりゃあ…お前ェの、ハァ…ハァ…、娘かい…」

「当たり前だァ、クソッタレが…」

「ヘ…ヘヘ…、大した…娘ッコだな…、ウ!ガフッゲフッ」
横目で喋る度に血を吐いている。

「…イイ、モンだな、女の…胸って…の……」

語尾が小さくなり、やがて血の流れが止まった。
敵船の船長だったらしいその男の最期の顔は、荒くれ者の悲痛な断末ではなく、笑みすら浮かべ、安らかな表情をしていた。



「──倖せな野郎だな」

側へ寄り、ヒイロの頭に手を置いた。


『お父、さん…?』

「海へ出て、海に闘い、海で死ぬ。俺らだっていずれはそうだ。ただ……」

ヒイロの腕を取り立ち上がらせた。
片膝をついたそのままの姿勢で、白ひげは娘を抱き締めた。
優しく。


「"その時"は…こんな風に満足げに、往きてェモンだなァ」


やっと、ヒイロから長い息が吐き出された。
まだ、身体の震えは収まってはいなかったが。

そんなヒイロの背を、緩やかにマルコへ押しやった。


「ヒイロ…身体、流すよい…」

よろめくヒイロを抱き上げ、浴場へ向かう。


船長室から、顔だけ覗かせたエースがそれを呼び止めた。

同じようにマリカを抱いているエースの頬が少し赤い。



「あの…さ、俺らも…いい?」








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