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私が新選組に入隊して二ヶ月が過ぎ、新選組の雰囲気や仕事にも慣れてきた時だった。



元治二年 二月。

夜遅くに自分の部屋の前を人影が通り過ぎた。ギシギシと廊下が軋む音で目を覚ました私は、静かに襖を開けて廊下を見回す。今日は月が明るいから、目を凝らさなくても確認しやすい。すると、髪を高く結い上げ、紅い袴を着ている人間…千鶴が角に消えたのが見えた。こんな時間に、何処へ行くのだろうか…。気になった私は黒い袴を着て、髪を結い、長刀と脇差を差して部屋を出た。






* * *






着替えている間に千鶴を見失い、慌てて探していると、広間から人の気配を感じた。二人分の話し声も聞こえる。そっと近づき、少しだけ襖を開けた。

総長と千鶴だ。総長の手には、赤々とした液体が入っている小瓶があった。後ろ姿でよく分からないが、総長の声色が優しい。最近、腕が動かなくなった山南総長は冷たく、隊士と距離を置くようになっていた。その山南総長が、穏やかに千鶴と話しているが…対する千鶴は、何か必死な様子。私は耳を襖に押し付けた。




「─…綱道さんは【新撰組】という実験場でこの薬の改良を行っていたのですよ」

「そんな……!」




しんせんぐみ…?
新選組は、新選組ではないの?話が掴めない…。それより、綱道さんは千鶴の父方だったはず。私も幼い頃遊んでもらった記憶がある。どうして、千鶴の父親が今、話題に出されるのだろうか。

疑問を残しながらも、二人の会話に耳を傾けていた。所々聞く、「狂う」という言葉。それに、総長は「薄めてある」と言った。私の考えが正しければ…あの赤い液体は危険な物で、総長はそれを…




「…服用すれば私の腕も治ります。【薬】の調合が成功さえしていれば、ね」

「──使うつもりなんですか!?」

『っ……!』




やっぱりそうだ。総長はその危険な薬を使おうとしている。ただ、その薬は所謂万能薬のようなものなのだろうか。薬を飲んで腕が治るなんて話があるなら、夢のようだ。しかし今の話を聞く限りでは、そんな簡単なものじゃないらしい。腕を治すには、それなりの覚悟と危険を背負う事になるのだろう。そんなの、間違ってると思う。

激高している山南総長に、「自分は用済みだなんて、そんな事言わないでください…!」と千鶴は言った。

必死に訴えている千鶴の言葉はまるで私の思っている事そのもので、握りしめている手のひらに嫌な汗が滲んだ。

…だが。




「──剣客として死に、ただ生きた屍になれと言うのであれば、」




千鶴の叫びは、山南総長の深い傷には届かなかった。




「人としても、死なせてください」

『止めてください総長!!』

「あっ…沙樹!!」





20100607

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あきゅろす。
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