★Ar:short/.#小さな勘違い



「あの…彌桜先輩、ちょっと聞いてもらいたい事があるんですけど、いいですか?」
「いーよ、じゃああっちに行こっか?」
「はいっ!」


旅を続けるクロア一行の中の瑠珈と、そして同じセラピストで瑠珈の先輩である彌桜が、宿の空き部屋へこっそり入って行った。仕事の話だろうと、メンバーは当たり前のようにスルーしていたのだが、一人、クローシェだけは二人の背をずっと目で追っていた。


「クローシェ様?あの二人がどうかしたんですか」
「…、い、いえ、何でもありません…」


瑠珈がレイニをセラピで治療した後、沢山のI.P.Dを治療するのに一人では大変だろう、と同じラクシャクのダイブ屋で働いていた彌桜もパーティに加わっていた。彼女もレーヴァテイルで、セラピストとしては瑠珈よりも数段上を行くほどの腕前を持ち、それなりの詩魔法も謳えるので多面でパーティを助けている。が、クローシェは元々ダイバーズセラピを善く思っていなかった為、彌桜とクローシェは会話の回数も少ない。
ただ、それは彌桜の一方的な不安が機会を減らしていたのだ。初めてクローシェを目の前にした時、その第一印象で私は嫌われているんだろうな、と判ってしまった。だから次話しかけた時に、もしかしたら嫌い、と煙たがられてしまうかもしれない、そう自然と敬遠するようになっていった。


「それで?」
「えっと…私もセラピでパラレルストーリーとか作ってみたいんです。先輩も何階層かに分けて物語を創ったり、できるんですよね」
「うん、できるよ。まあそこまでやるのは、精神力の問題とか、あとは場数を踏むしかないと思うけどなあ…。こういうのって、私に聞くよりジャクリに聞いたほうがいいんじゃないの?」
「そうですかー。あのね、前に先輩の中にダイブしたことあったの、憶えてます?あの時に見た先輩の世界、凄くほわほわしててクールな先輩の見た目からは想像できなかった世界に感動しちゃってっ!!」


たしかに新入りだった瑠珈をダイブ世界の勉強をさせるために入れた事があった。あまり他人と馴れ合うのが得意でない彌桜に先輩先輩、と粘り強くアプローチを繰り返していた瑠珈。次第に打ち解けたから、今回の危険が伴う旅に同行するように瑠珈からお願いされたのだ。ヘラヘラしているように見えるけど、かなりシビアな思考を垣間見ることもあって、彌桜はそこが気に入ったのだ。


「………、話聞いてもらえて嬉しかったです!」
「またなんかあったら聞くよ、瑠珈」
「はーい」


部屋を退出しようと、ドアノブを捻って引いた瞬間、目の前にいたクローシェに彌桜は氷ったように動けなくなった。


「…彌桜、ちょっとよろしいかしら」
「えっと、あの…はい」
「ク、クローシェ…様?どうかしたんですか?」
「瑠珈はいいの!待ってなさい!!」
「……はーい」


クローシェが先導して向かった先は、給湯室も備え付けられているリビングのような造りの個室だった。ただ、お互いなんとなくソファに腰掛ける気にはなれず、彌桜はクローシェから離れるように壁へと足を後退させていったの…だが、それと同じようにクローシェも彌桜の方へ歩み寄ってくる。
え、ちょっと待って、なんで近付いてくるの!?ていうか、クローシェ様が私に話って一体、何なの?
怖くて顔も上げられない。
俯いていると視界にクローシェの白いブーツが入った。


「ねえ貴女」
「なん、でしょう」
「どうしていつも瑠珈としか話さないのかしら?このパーティに加わってからだいぶ経つのに口数も少ないわよね」
「それは…、別に皆限定の話じゃないし、瑠珈と話すのは職場で仲が良かったからで…」
「…、ですが、私は貴女から話し掛けられた記憶が殆どありません。それは、どういうこと?何かあれば瑠珈、すぐに瑠珈よね、あの子を頼らなきゃ貴女は一人で立てないの?」
「そ…っ!そんなこと」


つまり、この御子様は、私と瑠珈が仲が良いことに嫉妬…してる…?それとも私がクローシェ様を故意に無視していると思い、それが苛立つと言いたいのか。或いはただ、私の存在が気に入らない。ますますクローシェ様の顔が見られない。きっと、パーティの中の誰よりも冷たい視線を向けられているんだと、思う。
クローシェ様と話す事よりも、彼女に嫌われる、と言う事が怖かった。


「私は瑠珈を独占したいわけじゃない、それが嫌なら、クローシェ様も瑠珈と仲良くすれば…いいじゃないですか。いつもいつも私を嫌悪に満ちた目で見て、凄く辛いんです。不満は、今全部言って下さい。私、クローシェ様に嫌われたくない、から、努力しますから…っ!」
「え…?彌桜、何言って…」
「だから、クローシェ様は私が嫌いなんでしょう」
「………」


私よりも数センチ背の高い、プラスヒールでもう数センチ長身のクローシェ様の溜め息が頭上から降ってきた。


「貴女…馬鹿?」
「っ…え、」
「そういう事は私の顔を見てから言いなさい、ほら!」
「ぅあ、あ、…あれ……怒ってない?」
「私がいつ貴女に怒ってるって、嫌ってるって言ったのよ」


クローシェ様の細い指で両頬を挟まれ、なんとなく恥ずかしい。けれど、それにより顔を背けることもできなくて、仕方なく御子様の瞳を見つめた。紫色の澄んだ瞳に怒りや嫌悪を窺う事ができなくて、私はなぜか困惑していた。望んでいたわけじゃないけど、もっと怒ってると思ったから。どちらかと云えば呆れているような。


「…私だって、」
「… ?」
「あ、貴女と…話したかった、だけ、で。でも貴女は、私が近付くと逃げてしまいますし…ずっと嫌われていると思っていたわ」
「嫌ってなんて!そんなこと!…あれ、じゃあ、クローシェ様は私に嫉妬してたんじゃないんですか?」
「どうして貴女に妬かなくてはいけないの?」
「なんか…私たちお互いに誤解だらけだったのかな」
「そうかもね」


むに、と頬を抓まれ、ほんの少しだけ走った痛みに眉を顰めていると、クローシェ様の指は離れ、代わりにぎゅっと抱きつかれた。あ…なんか、いい香り。やっぱり御子様が使うような香水は匂いだけで高級だって判ってしまう。ていうかあの、む、胸が、当たってるんだけどどうしよう、私と比べるのが失礼なくらい、豊満なのがわかってしまう。その癖柔らかいし、あの…変な感じが、する。何コレ、私何考えてるの…!?


「く、クローシェ…様!」
「あの、ね。どちらかと言えば、瑠珈に、妬いてた…かも…」
「え…?」
「その…ずっと言いたかったのだけど、今度貴女の、彌桜のセラピを受けてみたくて」


一瞬で我に返った。


「本気ですか?クローシェ様ってセラピ嫌いなんじゃないのですか?だから私の事嫌って…」
「嫌ってなんか無いと言ったでしょう!?」
「ご、ごめんなさい…」
「私だって、睡眠や入浴だけでは消えない疲れと言うのもあります。その、彌桜のセラピで、癒せないかしら、なんて…」


首元に埋めていた顔を上げて、クローシェ様の表情を覗くと、顔が僅かだけど朱に染まっていた。照れてる?


「ああもうっ!なんてこと言わせるのかしら貴女は!」
「え、い、言ったのはクローシェ様でしょ!?」
「貴女に文句を言う権利はありません!とにかく!こ、今度、ダイブ屋行きますからね!」
「女二人で…ですか」
「別にいいでしょう!どこかおかしくて?」
「いえ…」
「それなら、いいのです。今まで、できなかった分…沢山ダイブしてやるんだから…」


ちょっと嬉しかった。
やばい、泣きそう。




(見なさい瑠珈、フラグが三本立てよ)
(ジャク…、ふ、フラグ!?)


凄絶に遅くなりましたが…葉月先輩へ!
20090602







あきゅろす。
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