虚無杯満



「母さぁん、肉まんが食べたい!」
「仕方ないわねぇ…」
「わーい!ありがとう、母さん大好き!」




ここ最近、外での小さな戦、内での執務に根を詰め過ぎているように見えた、我が弟である曹家の跡継ぎであろう子桓。そんな彼は産まれた時から父様の存在が重圧となって、子供らしくいることができなかった。だから子桓が城下にいる子供のように可愛らしい表情をしたことなんて無い。確かに実力は父様譲りだけど、少しだけ姉として寂しい。……私は養子だけど。
すぐ前を通り過ぎる小さな男の子と(無理矢理連れてきて)隣を歩く子桓、つい見比べてしまい、切なくなる。忙しい内政からちょっとの時間だけ開放されて嬉しいと喜ぶと思ったけれど、きっと子桓はまた次の戦についてだとか、国のことばかり考えてるんだろうなあ。


「…ね……え、姉、上」
「あ、…なに?」
「いや。折角私も来たのに、姉上が全く楽しそうでない」
「そんなことないわ。外の空気を吸えてとても清々しく思う」
「それなら、いい」


ハッとすれば屈んで下から覗き込むような子桓がいた。私が楽しみたいと言うよりも、子桓の楽しそうな顔を見れたら私は嬉しいんだけどな…なんて言えない、けれど。私が苦笑した後の子桓はどこか満足気だった。
今日は視察というわけでもないので、互いに軽装だ。だから民が私たちに気付かない。歩き回りたかったので女官の衣服よりも幾らか薄着で出ようとしたら、子桓となぜか父様にとめられた。(「だめだだめだだめだ!子桓がいるとは言え万が一のことを考えてくれ…っ」と言った感じで)と言うことで、私についてもらっている女官の子からまるまる一人分の女官服を借りてきてしまった。


「あ、そうだわ!子桓、昼食摂ってないでしょう?どこかで買っていかない?私が買ってあげますから」
「別に、一食抜いても平気だ」
「何を言っているの。栄養とらなきゃ駄目じゃない。…葡萄の方がよかったかしら」
「…何でもよい。私は子供じゃない」
「私から見ればまだまだ子供だけどな。そういう私も子桓とはひとつしか離れてないけど」


よほど私に子ども扱いされるのが嫌いらしい。でも私から見て魏の武将さんたちは皆年上だからひとつでも年下の子桓に親近感が湧いてしまってどうしても甘やかす、っていうか、なんか小さい子みたいに接してしまう。またムスッとしてしまった子桓は無言で私の腕をとって近くの肉まんを売っているお店にずんずん進む。私が買うって言ったのに自分の懐からぽろりと銭を出し、手にはふたつのそれ、が。


「こっちは、姉上の分。私は別に構わぬが姉上こそ食わねば痩せ細ってしまう。そんなの私が嫌だ」
「そんなことないわ、でも、ありがとう」
「男が女に金を出させるなんてできるわけがないだろう」


つーん、と拗ねてしまった(照れている)子桓を今度は私が引っ張って近くの椅子へ向かった。もう、なんか反応がいちいち可愛くて笑いを堪えるのに必死だと思う、私が。


「私が誘ったのに、買ってもらっちゃってごめんなさい…」
「気にするな。当然のことをしたまでだ」
「そう…、なんだかこういう時の子桓は男らしく見えるわ」
「……………私は、姉上と一歳差で良かったと思っている。私は構わぬが、女は年齢を気にするのであろう?」
「、なんのことかしら…?」


首をかしげていると急に子桓の顔が横からすぐ正面に見えて、口付けされる距離まで狭まった。なにを急に!と目を見開いた私を子桓は苦笑し、赤い舌で私の口元をなめ、た。肉まんの具が少しついてしまっていたらしい、でも、なめる必要がどこに…っ!実はこういうことに弱い私はバッと立ち上がりうろたえていた。


「こっちの話だ、気にするな」


何が気にするな、なのか、混乱している私に考えることは不可能だった。





虚無の杯、満たしましょう:1

公式で曹丕は27歳設定ですが、こちらは19歳前後になっております。
20080531








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