極端な人



どこぞの脳味噌筋肉族のような執務怠慢はしない私の主、子龍様のために私は急いで廊下を進んでいた。執務の合間の休憩をとっていてもらう間に、私は諸葛亮様の所へ新しい竹簡を受け取りに行かなくてはならなかったから。子龍様は自分が行くと言っていたけど、そういう時に働くのが女官の勤めなわけで、きつく言って待ってもらっている。

まあ、それだけ優しい人っていう事なんだけどね。

あまり大事にするつもりはないけれど、お付き合いさせてもらっている身の私は、子龍様の笑顔を脳裏に浮かべて小さく笑んだ。


「ただいま戻りました!」
「ああ、お前も疲れているだろうに、すまないな」
「いいんです、私がやりたかっただけなので」
「ありがとう」


頭に乗せられた子龍様の手はとても大きくて、骨張っていて武人のそれだけど、でもそれすらも忘れてしまいそうなほどに優しい手をしている。武器を手に取り、火花を散らしながら戦う事は好き、だけど子龍様は殺戮が好きなのではない。戦う事と殺す事は別なのだと彼はいつも言っている。そんな真っ直ぐな所が好きなんだけど、ちょっとだけ最近何かが足りないような気がするんだ。
お茶を淹れようと給湯室へ向かいながらぼんやりと考えていた。


「はい、お茶如何ですか?」
「そうだな、では篠乃の分も茶を用意してくれ。執務は一休みしよう」
「私は全然!疲れてないですし!」
「目の下に隈が」
「!?…寝てなかったから…かな…」
「ほら、私より睡眠時間が少ないのではないか?いいから休め」
「… はい」


椅子に座ると全身の力が一気に抜けて、後ろに倒れそうになった。それに慌てて、逆の方向へ…つまり前に体をもっていったら自然と卓上に突っ伏すような形で倒れてしまった。…こんなに疲れてたの?


「ほら、やはりな。私が無理をしないようにと言っているだろう?」
「それは…だって子龍様、優しいから頑張らなきゃって思ってしまって…、もっときつく言って下されば休んでましたよ」
「は?き、きつくって…」

ゆっくりと顔だけ持ち上げてムッと睨んでみた。

「あんまり怒って下さらないのも不安になります。適当にやっていても子龍様は怒らない、それくらい私はどうでもよく思われてるのかなって」
「そんな事はない!…篠乃は怒られたいのか?」
「は!?え、ち、違いますよ!?」


言った後に浮かんできたのは、馬超様。あの人、戦場では恐ろしいほどの強さ―…それこそ子龍様と同じくらいの強さを見せ付けるほどと言われているけれど、普段は上司部下関係なく、寧ろ上に立つ将軍として少し自覚が足りないのか?と思うくらいにだらしが無い。特に、暇さえあれば、忙しい私を、しかもわざわざ子龍様の執務室にまで押しかけてからかうのだ。
私と子龍様の関係を知ってる癖に人の体にべたべた触ってくるし、鬱陶しい事この上ない。けれど、そんな強引さが私には新鮮に思えてしまうときもあって。


「子龍様は優しい、とても。けど、あの、…す、好きな御人に は、少しくらい、 強引にされても嫌…じゃなくて、その方がちょっと、嬉しいって思うこともあって、ですね?」
「はあ…、だが篠乃は馬超に体を触れられるのを嫌がっていたではないか」
「いえ…それは、尊敬はしていますが異性としての好意を抱いていない人に触られて嬉しくなどありません!子龍様は…別、ですから」
「そ、そう、なのか」


お互いなんとなく気恥ずかしくなり、妙にピンと張った背筋のまま俯いていた。が、すぐにガサ、と物音がして子龍様が動いたのがわかったので、少しずつ顔を上げると、目の前には山のように積まれた竹簡があった。私が先ほど持ってきた分と、それから急ぎでなかった分のものが全部…のように見える。
まさかと思い、汗が滲み出てきたのを感じながらにっこり笑う子龍様を凝視した。


「そういうことだから、篠乃はこの竹簡に目を通して整理しておいてくれ。署名が必要な物は私があとでやる」
「は…?」
「少々、いやかなり重要な用事ができてしまった。頼むぞ、嫌とは言わせない」
「…え、…こ、これ全部?」
「できるよな?」

背後に黒い何かが見えるのですが、子龍様、あの。笑みが卑猥です。そして怖いです。こんな表情されたの初めてかもしれない。

「頑張ります…」
「よし、ちゃんとできていたら褒美もやろう」


豹変したような気がする子龍様、原因はもしかしなくても私なのだろうか。私が、あんな事言ったから真に受けた子龍様は…。どうして、こう…生真面目なのかな!?そこまで変わって欲しいなんて一言も言ってないし。優しい人だからこそ、変わろうとしてるのかもしれないけど、あの黒い靄のようなもの、なんとなくだけど、元々ああいう物…っていうか、性格?をもっていたのかもしれなくて。
つまり、子龍様はそういう一面があったんだけどただ単に隠していただけで。



「やあ馬超」
「あ?どうした、趙雲」
「……お前、私の大切な女性の体をしつこくべたべた触っていたよな?」
「…今更じゃないか、いつも見過ごす癖に」
「ああ。そうだったそうだったが今無性に腹が立っている。もう金輪際篠乃に近付くな!」


趙雲夢
20090501






あきゅろす。
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