Ie.4



「張コウ様、ご相談があるのですが、良いでしょうか…」
「ええ、勿論です。篠乃殿の悩んでいる御姿など見たくありませんものね」


彼女は曹操殿の娘、曹丕殿の妹でありながらきらきらと眩く咲き誇る花のように魏を、そこに集う武将等を照らしていた。こうして会話を楽しんでいる限り、まるで道端で見かける小さな花のような親しみやすさを感じるのに、それでいて誰も触れる事の叶わぬ高嶺に咲く花を思わせる。
(まるで薔薇の様な…ね)


Ioliting *eye.
こんな香りがしそうだったから、



よく男性なのに美を追求するその姿勢をおかしな物を見るように扱う人もいるけど、本当にお洒落や綺麗でいるための豊富な知識を持っているから、やっぱり相談するなら張コウ様しかいないと思って、そこを尋ねた。


「匂い袋を作りたいんです。でも私…作り方知らなくって」
「おや、それならば近い内にここへ来る商人から買えば良いのでは?」
「そ、それでは駄目です!自分の手作りがいいです…」
「なるほど。構いませんよ、私も偶に作りますしね。材料はあるので今から作りましょうか」
「はい!」


張コウ様に彼の執務室に備え付けられている庭へと案内された。そこには色とりどりの沢山の花が植えられていた。それなりに花の本は読破していたつもりだったけれど、それでも初めて見る花ばっかりで。魏だけでなく呉や蜀の山奥に咲いている花もあるのかもしれない。もしかしたら、もっと遠い西洋の国からの花も…。やっぱり花は見ていて飽きない。ここから香りの元になる花を選べと言われたけど、ちょっと勿体ないなって思ってしまった。けれどソレが目的なので、私はどれにしようか、とじっくり花々を見渡した。
ふと、ある花の辺りに目が留まった。
中央が黒に近い茶をしていて、柔らかそうな細長い花びらは幾重にもなって愛らしさを感じさせる。淡い黄色や桃色のもあり、とても興味を引かれた。


「張コウ様、これは?」
「ああ、それは…"がーべら"という名前の花です。此処より遥か南にある温暖な地域に咲いているそうです。篠乃殿、これにしましょうか?」
「そうですね、そうします。とっても良い香り…」


そこに咲いていたガーベラ十本ほどをそっと摘み取り、日当たり風通しの良い所で乾燥させた。その間に私はそれを詰める袋に刺繍を施していた。仲達様はお召し物がそうだからなのかもしれないけど、紫色がとてもよく似合う。知的な男性という雰囲気を醸し出している。だから、薄い紫色の袋に銀糸で魏国の象徴である鳳凰を思い浮かべながら形作っていった。刺繍は得意ではないから、隣で一緒に縫ってくれている張コウ様のそれに比べたら劣ってしまうけれど。

夕方、もうすぐ陽が暮れそうな時刻。今日は湿気も無いからなのか思ったより早く花びらが乾いた。それを小さめに切り、薄い布へ詰めてから、完成した袋へ入れた。花びらが思ったより多かったため、私の分もひとつ作った。とてもいい香りだったから思わず欲しくなったのだ。


「張コウ様、本当にありがとうございます」
「いいえ、こんな事礼には及びませんよ。またいつでもいらして下さいね!……そういえば」


何か思いついた様な張コウ様は引き出しから何かの小瓶を取り出した。それを開けると、そのガーベラと同じ…感じの香りが漂う。


「これは?」
「お香です。がーべらと、少し気が安らぐように私なりの調合をした物なのですが。これは肌に直接塗付できるので、香油代わりにどうぞ」
「わ、わあ…!嬉しいです!大切にします…」
「(篠乃殿が笑ってくれるなら、安いものですよ)」


張コウ様はにっこり笑って頭を撫でてくれた。受け取った香を少量取って、首の辺りに塗り付けた。そこからほんのりと匂いが感じられて、思わず口元が緩んだ。それから、少しだけ笑みの中に苦しさが垣間見えた気がした。私の胸が僅かに痛んで、どうしてか頭に置かれていた彼の手を握っていた。


「…篠乃殿、」
「どうかしましたか?」
「いえ…。それよりも、行かなくてよいのですか?これを司馬懿殿に渡すのでしょう」
「……、え、っえ!?ど、どうして…ご存知なのですか!?」
「勘、ですかね。彼が此処へ来た時の貴女の視線で何となく解ってしまいました。いえ、やはり勘ですね」
「そう…ですか」
「さあ、ほら」


まだこの時間帯だし、宮中にいるよね、と思い私は張コウ様に一礼してから部屋を出た。仲達様はこれを受け取ってくれるのだろうか。そんな事を気軽にしてくれるようには、実は思えなくて不安だったりする。そもそもどうやって贈ればいいのだろう。何て言えば?兄様や父様にすらこんな事をした憶えはないのに。
どうしよう。
…なんて考えている内に、その方の部屋の前へ着いてしまった。


『何をしている』


声が中から聞こえてきて、私の足が竦んでしまっていることに気付いた。動けなくて、どうしようもなくて、泣きそうだった。



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だから…しばちゅ…!
20090824










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