The most are dignity



一日の仕事が終了し、私の主である子桓様の執務室の片づけを行っていた。ここ暫くは戦もない為、比較的早く家に帰れる。急いで済ませなくてはいけない仕事が少ないから子桓様も機嫌が良さそうだ。が、本を片手にし、空いた手でかき上げた髪からは本当に細かい水滴のようなものが飛び散ったのを私は見逃さなかった。


「子桓様、湯浴みしますか?」
「いや、私は構わぬ」
「でも最近暑いですし、さっぱりしたいのでは…」
「篠乃も入るなら考える」

冗談じゃない。

「え、遠慮します!!!そもそも、この季候で子桓様の衣装は厚すぎるのではございませんか?丈の短い服を用意しましょうか」
「いい。腕を捲くれば平気だ」
「今は夜だからいいですが、昼間、外出なさる時はその上から更に着ますでしょう?熱中症で倒れますよ!」
「私には氷玉があるのだぞ」
「……」


氷玉だって、しばらく持っていたら解けるどころか爆発して怪我するじゃありませんか!以前、暇つぶしだと言って司馬懿様に氷玉を贈答し、こっ酷く叱られた記憶がある。しかも原因はそれを促した私とか言い出して、私ばかりが酷い説教を喰らったのだ。見かけとは裏腹に悪戯好きで本当に苦労する。


「私、いつも思うのですが、どうして魏の将軍様は皆何枚も衣服を重ねるのですか?子桓様もです」
「そうか?私はどちらかと云えば身軽な方だ」
「身軽といったら夏候淵様の方が…、」
「あれは腹を出してるだけだろう。張コウは薄着だな」
「いえ…、張コウ様は、ひらひらのすけすけなだけです」
「確かにそうだな」


そう考えると、身軽な服装というのに該当するのは案外子桓様くらいしかいないのではないか?と思ってしまった。私はもう半袖を着ているのに。
うーん、と小さく唸っていると急に腕を引かれ、子桓様の腰掛けていた椅子の脇に座らせられた。この季節に人とくっ付くのは暑いし、何より恥ずかしいのに…!余計に体が熱を持ち、無駄な汗が流れてきた。


「し、子桓様…離れてください」
「よいではないか、汗を掻けば代謝も良くなる」
「そういう問題ではなくて!」
「…嫌か」
「そう、ではありません…」
「ではこのままで。話を戻すぞ」

戻すんですか。

「逆に厚着の人間について考えてみよう」
「厚着っていうと、司馬懿様ですかね」
「ああ確かにな。あいつは年中無休で血色が悪い。少し体質改善をすべきだ」
「あ、はは…そうですね」


長袖で殆ど肌を露出しないあの方は、一体中に何枚ほど着ているのだろう。


「あとは…」
「父もだな。私と似たような形の服だ。だが、私の服より暑苦しい。近くで話していると熱気が飛んでくるぞ」
「まだまだお若いですからね…」
「父に浮気するなよ」
「しませんから!」
「そうか」


魏の季候の影響もあるけど、やっぱり他国と比べるとここは厚着の人が多いと思う。夏くらいは呉の皆さんのような服装をすればいいのに。曹仁さんとか。どんな攻撃を受けても平気そうな装備をなされているけど、逆にあれは動きづらくて攻撃がかわせないのでは?とか思っちゃったりするし。一度見たことがある呂布という将軍。全身黒光りする鎧を纏い、あれでは夏は蒸し風呂状態だ。
だけどひとつ思うことがあって。


「どの武将様も総じて派手ですね」
「…まあ、一部を除けばそうだな…。だが、篠乃は一般兵士と同じような装備の私を見たいと思うか?」
「それは!兵士の方々に失礼です!…け、ど、あんまり、見たくない…ですね…慣れちゃってますし」
「だろう?それぞれに似合う衣服はあるものだ。それなりに豪華な物を着なくては、風格や、面子の問題がな…」


下手すれば士気にも関わってきてしまうのだろうか。


「それとも、私が格好良く決めるのは駄目か?」
「い、いえ…、ただ」
「ただ… ?」
「あまりに素敵過ぎて、心臓が保てません」
「…ふ、」


恥ずかしいけど、本当に、白馬の王子のように思える程格好良くて、これ以上素敵になられたら目も合わせられないし仕事もきっと手につかない。それを言ったら、知ってる、なんて言われて笑われるんだろうね。自信のない子桓様は子桓様じゃない。


「篠乃も私に対して口達者になったな」
「気に障りましたら…謝ります」
「そんなことは無い。そうだな、褒美をくれてやろう」
「え?褒美ってそんな唐突な…」
「これでどうだ」


顎を掴まれ、視線を逸らそうとしていたのに無理矢理合わせられて。唇が重なった。さらっとこなしてしまう子桓様に、私の心臓は破裂しそうだった。



The most are dignity.
(最もな理由は威厳なのです)


ふと呂布は夏もあの鎧着てるのかと不安になりました。
20090703






あきゅろす。
無料HPエムペ!