やっぱり人の子



ここ数日、私と司馬懿は誰の命令というわけでもなく、子桓様の部屋に四六時中入り浸っていた。というのも、理由はわからないけれどえらく機嫌が悪いのだ。子桓様が。勿論、子桓様が外に出るときは私たちも着いていくけど、彼を一人にしたら死者が出そうなほどに苛立っているのがよくわかる。
本当は、こんな子守みたいなことを司馬懿もしたくないとぼやいていたんだけど、仕方ない、と私と同行してくれてる。司馬懿の眉間の皺も日を追うごとに増えていっているのはもう誤魔化せない。大体、なんであんなに苛立ってるんだろう、子桓様は。原因が全く分からないから解決策も浮かばない。


「ねえ、司馬懿」
「…なんだ。余計な事を言うようなら殺すぞ」
「物騒な事言わないで下さい。そうじゃなくて、子桓様、変なもの食べたとか何かあったのかな。もしくは司馬懿が気に入らないとか」
「そんなわけあるか。私は知らん。篠乃が本人に聞けばいいだろう?」
「え!?」


まるでそんなの当たり前だと言わんばかりに、司馬懿は頷いた。あーそっかー、司馬懿は子桓様が怖いんだー、態度はでかい割りに意外と怖がりなんだねー。嫌味のように言ってやった。その直後、私のすぐ脇の壁が黒く焼け焦げていた。仲間に光線は駄目、絶対!


「あ、あの、子桓様」
「なんだ」
「何ゆえその様に、苛立っておられるのですか。司馬懿が何かやらかしましたか?」
「…フ、そんなのいつものことだろう。そうではない」


つまり、理由は他にあるらしい。だけど、司馬懿のことはいつも気に喰わないってことですね!いい気味だ、司馬懿の方をちらりと見て笑ってやった。小さく舌打ちが聞こえたが、大して気にはならない。


「司馬懿に聞かれたくなければ、耳打ちでも構いません。教えてくださいませんか」
「…あいつに知られるのは癪だからな」


私の耳元に子桓様の唇が寄せられる。内心びくびくしてしまう。ほら、素敵だし、低い声が格好良いし、そもそも相手が子桓様だし。ひえええ、と口に出すのを懸命に堪えた。


「この間、鍛錬している時に、足を挫いてしまってな。それはいいのだが、その時、膝も擦り剥いてしまったのだ」
「…は」
「切り傷のように直接的な痛みならまだしも、四六時中ぴりぴりぴりぴりと微妙に傷口が痛むし、だが典医に見せるほど大きな傷でもない。だから放置する事にしたのだが、この微妙な痛みが激しく苛々する」
「そ、それは治療した方がいいのでは…」
「その程度の傷で泣きべそを掻くような姿を見せられるわけが無かろう」

泣いてないじゃないですか。とは言えなかった。確かに、擦り傷の身悶えるような、痛いとまでいかないあの感覚は嫌いだ。湯浴みする時は最悪。凄く話がわかるから、軽く流す事もできない。だけど、とりあえず話してもらえて本当に助かった。私だって擦り傷ぐらいなら治療する必要もないかといつも思うけど、そこから化膿してはいけないと応急処置程度はしている。


「さ、包帯でもいいですから少しは処置しましょう。これぐらいで苛立っていては、何もできませんよ」
「…篠乃がやれ。他言もするなよ」
「わかってます」


処置室へ行くために立ち上がり、司馬懿の元へ駆け寄った。この事を話すわけではなく、機嫌が直りそうだと、だから果物を用意するように言った。とにかく、子桓様の印が必要な書類がかなり溜まっているのだ。私たちは顔を合わせて頷き、小走りに部屋を出た。
それにしても、子桓様にも可愛い所はあるものだ。私は足を止めずに進みながら微笑んだ。



(地獄耳の司馬懿にはしっかり聞こえていたらしいけれど)


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20090702






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