あなたとわたしと、火



ここ最近はとても寒くて、他国より暖かい呉でもやはり寒いものは寒いです。みんなも宮の中に閉じこもって内政ばかり行っているようです。伯言様が仰っていました。伯言様は実力をお持ちですがまだまだ呉の中枢の中ではお若い為にあまり言いたい事を吐き出せずにいるから、せめて妻の私が支えになるようにといつも愚痴を聞いてあげることにしています。


「お帰りなさい、伯言様!」
「ただいま帰りました」


同い年の私から見てもとても大人っぽくて、それは少し頑張りすぎではないかと思うほどで、だけどその憂いを帯びたような視線にいつもドキリ、と胸を高鳴らしてしまう。今日も寒いので、上着を受け取ってからすぐに湯浴みをしてきてもらうことにしました。夕食は温かいものを沢山作ったのでるんるんと飛び跳ねそうな気分で台所へ走りました。こけました…。


「…それで?私のために走ったら転んだと」
「ご、ごめんなさい…っ」
「はあ。大きな怪我にならなくて良かったですが、私の身にもなってくださいね、何の為に宮殿に連れて行かないかわかっていますか?愛ですよ、愛」
「伯言様…心配して下さるんですね!」
「……少しは照れてほしいんですがね」


湯浴みを済ませた伯言様が戻ってきてから卓の周りを二人で挟むように座り、夕食を食べ始めた頃、伯言様が先ほどのアレ、を指摘し出しました。よくわからなくて、首を傾げてみると苦笑しながら私の頬の辺りに手を伸ばしてきて。どうしたのだろうと思えば伯言様の指先には食べていたおかずの欠片が乗っかっていて、謝ろうとした直前にその欠片がそのまま彼の口の中へと入っていきました。ドジばかりですねえ、なんて言われても落ち込まないのは伯言様のその発言が冗談交じりだから。落ち込むよりも伯言様の笑い方がとても綺麗で、魅入ってしまうから…だと思います。でも、自分でわかるくらい私は抜けている部分があるから、いつも、伯言様は何故私などを娶ってくださったのだろうと疑問に思います。私の立場は誇りであり、また、自分には勿体無いものだと思ってしまいます。


「あの、…伯言様、」
「ん?」
「迷惑ばっかりかけてしまってごめんなさい…」
「何ですか急に」
「だって私よりも綺麗で気の利く女性は沢山いますし、後悔されてませんか…?」
「本当に…わかってないですね、貴女は」
「ごめ…なさい、」
「そうだ、多分話してないと思うんですが、」


そこまで仰ってから立ち上がって、俯いていた私の手を取り 来て下さい とその手を引いて何処かへ歩き出してしまいました。食事は?と思ったのですが、ぬかりない伯言様は私の腰辺りにがっちりと腕を回してしまい拒否は許しません、と無言と笑顔で言っているようでした。逆らえません…。すると、何故か羽織を二人分手に持ってひとつを私に掛けて、もうひとつをご自分で羽織って、それから見慣れた袋を手に持って玄関の扉を開い…た?


「あの…ここって」
「はい、焚き火をしましょう。貴女はこちらに座ってください」
「わかりました」


たまに、お互い時間があるとき二人で火を囲んでゆったりと会話をしたりする事があります。こんな寒い日に突然どうしたのだろうと疑問しか浮かびません。伯言様は手馴れた様子で薪を調節しながらほどよい炎の大きさにしていきました。


「ええと、先ほどの話の続きなのですが。私が火を好きだというのは知っていますよね」
「?それは勿論存じています」
「…火は触れれば熱いですが、見ていると心が静まってなんだか温もりに包まれているような、そんな気持ちになるのです。その…、篠乃と共に過ごす時間と似ていて、だから好きなんです」
「そ、そうだったのですか?」
「はい。恥ずかしくて中々言えませんでしたけどね。まさか篠乃がそんなに私の妻であることが嫌だとは思わなかったので」
「嫌なんかじゃ!…ないです」


知ってます、と微笑んだ伯言様は少し、ほんの少しだけ淋しそうで。見ている私まで胸を締め付けられているようでした。火を囲む時はいつも活き活きとした表情で炎の素晴らしさとか、下手すれば永遠に話していそうな勢いだから、また私が何かしてしまったのだろうかと不安になってしまいました。


「…私、火を見つめる伯言様の瞳が大好きです。街で火を見るたびに嬉しそうにこちらを見てくださる伯言様が好きです。私の事はどう思っていても…耐えられると思うから、きっと。ですから、どうか私を見捨てないで下さい…」
「どうって、私、いっつもいっつも篠乃のこと、好きですって言ってたじゃないですか!」
「そうでしたよ、ね…自信がなかったんです」
「それなら、ここで誓ってみせましょうか。私は、この燃ゆる炎の様に熱く、いつまでも貴女を愛し続けます。私にとって無くてはならない火と同じように、貴女もずっと傍に在ってほしい存在なのです」
「…はくげん、さま…私も、好きです」
「ありがとう」


くさい台詞ですかね、という伯言様に強く首を横に振って見せました。私が、彼にとって炎は何よりも大切な存在だと知っているから、こうやって告げてくださった言葉に嬉しさの涙を流したのかもしれません。



(それで、実際に私と火だったらどちらが好きですか?)
(それはもう…言わせないで下さい、貴女に決まってるでしょう)

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20090330




 


あきゅろす。
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