前世



子桓様に口付けを求められる。私は嫌なんて思わないし寧ろ私だって彼のことが好きだから甘んじて受け入れる。普段、冷酷な仮面を付けているからこそ余計に私への優しい言動ひとつひとつに喜んでしまう。
男女の肺活量はやはり違うもので、私が離してくれと身振り手振りするものの、勝手にしてろと言わんばかりに吐息すら全部子桓様に持っていかれてしまう。すっごく…苦しい。意識がとんでしまいそうになった瞬間、唇に僅かな痛みが走り、そこで漸く解放された。


「唇を切ってしまった。痛いか?」
「少しだけですから、平気です」
「故意では無いのだが…」
「申し訳ないと思うなら、そんな長い接吻なんてしないで下さいッ!立ってられなく…な……る」
「ほう?」


言ってしまった…――そう思うには遅すぎた。少しだけ下がっていた眉なんてもう無く、いつもの強気な視線がこちらを向いていた。普通、口付けというのは目を閉じるものだと勝手に思い込んでいたから、薄っすらと目蓋を上げてこちらを見る子桓様の視線はいつも私を熱くさせるのには十分だ。逸らそうと目を閉じたら これから視線を交わさなかったら仕置きだ と言われてしまい、抵抗もできずにいる。
先ほど子桓様の歯で切ってしまった唇に、彼の舌が触れ、ピリっとした痛みが走った。眉を顰める程のものでないけどその代わりに全身に鳥肌が立った様な感覚に陥った。…なんで子桓様はこんなに接吻が上手なのだろうか。


「これからは、篠乃が腰砕けせぬ為の練習に付き合ってやることにしよう」
「そんなことしなくて…いいです…。でも、いつも思うんですが子桓様の糸切り歯って他のより長いっていうか…鋭いですよね」
「…そうだな。私もよくわからぬ」


飛びぬけて大きいわけでもないけれど、それでも糸切り歯の形は人のソレと言うよりも獣のものに近い。狩る者の立場に相応しい彼に合わせて歯まで変形したのだろうか。


「これが真かはわからぬが、私の前世はもしかしたら吸血鬼というやつかもしれないらしい」
「吸血鬼…ですか」
「人の血を吸い生きていると言う。私のこの歯は、人肌に噛み付く為にある…と、仲達が言っていた」
「ああ…。そういうの好きそうですもんね」


司馬懿は情報を欲している所為か、海を越えた遠い国の話をよくする。多分、諸葛亮に負けない為としか思えないのだけど。でも人の血は赤、だから子桓様は葡萄が好きなのかも。皮ごと搾ったあの飲み物は深い赤をしているから。


「よし。それならお前の唇を貸せ。お前はお前で接吻に慣れれば良いし、私はお前の血を頂くとする」
「え、…ええっ!?」
「篠乃の血はなかなか甘美だぞ。自分ではそう思わぬのか?勿体無い奴だ。…どうする?」


そういいながら近付いてくる子桓様は明らかに逃げるという選択肢を消そうとしている。逆らえるわけが無いのを知っていて聞くのか。なんて言いつつ、数刻これに付き合った自分、好きという感情には敵わないみたい。



(後日、司馬懿にしっかりにんにくを装備しろと言われる事になる)

キス魔と言うか、MULTIRAIDネタというか。
20090122






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