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深く深く沈んでいた意識が、頭を誰かに触れられている、それに反応して浮上していった。最近は精神的な疲労の所為で起床するのが苦になっていたのに、身体に疲れが感じられずパッ、と目が覚めた。まず見えたのが陶器の様に美しい胸板…のような…?女性ではない。男性ではあるのに綺麗で、華奢に見えて筋肉がついている。
そこまで考えて、昨晩の出来事を思い出した私は視線を顔と一緒に上へ向けた。予想通りというか、そこには柔らかく笑んだ曹丕様がいた。


「そ、曹丕様!?いつから見てたんですか…!」
「漸く起きたか」
「そうじゃなくって…恥ずかしいじゃないですか」
「何を今更。昨晩のアレの方がよっぽど恥ずかしいのではないのか?」
「…それ、は…ッ」


カッとなって曹丕様を睨み上げると彼は私に向かって床に散らばっていた服を投げつけてきた。着ろ、というのか。まだ言いたいことはあったものの、さすがに何も着ずにというのはまずい…と思った。素直に服を着る。着終わったころには、曹丕様はもう準備完了と言わんばかりに壁に寄りかかってこちらを見ていた。…だからこっち見ないで欲しいんだけどな。


「…何か言いたい事、あるんで」
「本当にすまなかったな」
「え?」
「正直、ここへ来てから余裕が無かったのだ。幼い頃から篠乃はずっと傍にいて当たり前の存在だったからな、ずっと…お前に抱いていた感情も今言う必要なないと思っていた。そう思ってここまで来てしまった。父も周りの人間も正妻を娶らないならばさっさと篠乃を妻に迎えろと煩くてな。隠してたつもりだったのだが結局お前以外には隠しきれていなかったらしい」
「…し、知らなかった」
「だろうな。……そんなわけで、篠乃を奪おうとするやつが現れて少々取り乱してしまった。しかもそのヤツというのが仲達だったから余計だ」
「そうでしたか…」
「だが、」


そこまで言うと曹丕様がこちらへと歩み寄ってきて、寝台に腰掛けていた目の前で屈んで私の手を取った。その動作があまりにも様になっているものだから、思わず見とれてしまった。皇子じゃなくて、本当に王子かと、思った。


「もう、大丈夫だ。仲達に…私に屈辱を味あわせた馬鹿者に灸を据えてやらんとな」
「…ふ、ふふっ、そうですね!」
「ああ」


不敵な笑みを浮かべる曹丕様はいつもの彼だった。やはり、曹操の息子なのだ。弱弱しいなんて言葉は似合わない。強い光を瞳に宿した曹丕様が、私は一番好きだ。さあ、行くぞ、と思いきや曹丕様は私の背をぐいっと押して司馬懿が待っているであろう執務室の方へと進ませた。自分が思ったことと違い、締まりの無い声を上げながら曹丕様を振り返った。


「曹丕様!?なにを、」
「朝から脱走する奴がどこにいる。行動を開始するのは夜だ」
「あ…そ、そうですよね…。では、行ってきます…」
「…篠乃、頑張ってこい」
「!…っはい!」


よし、と意気込んで扉を開けた。予想通り司馬懿はそこにいて、そういえば昨日はいい事だけではなかったとあらためて思い出した。曹丕様に元気付けられたもののどこか顔は合わせづらかった。だけど、これも今日で終わりなんだと言い聞かせて執務の手伝いを行った。昨日の事があったにも関わらず平然としている私を司馬懿は怪しそうに見ている。それを見た瞬間に、曹丕様が仰っていた馬鹿者、という言葉とその司馬懿の表情がぴったりと合致してしまい思わず笑ってしまった。天才軍師も曹丕様を捕らえようと考えるあたりやっぱり馬鹿ではないのか、と思ったりした。


「…篠乃、お前」
「何?」
「なにがあったんだ」
「別に、なにも」
「………」



静かな朝
(曹丕様の存在はとても大きいのだ)

...お、お久し振り...です...
20081207






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