虚無杯満:番外(君色に魅せられたのだから


※これは連載「虚無の杯〜」その後のお話です

今日は以前から魏の領地の視察をすることになっていた為、父と共にゆっくりと馬を走らせていた。本当ならばここに篠乃もいるはずだったのだが、自分がそれをさせなかった。以前怪我を負った背中はもうほぼ完治したものの、不安の方が大きかったのである。本人も行きたい、とずっと言っていたのだが。
そう考えると土産でも持って帰った方がいいだろうと思ったので、丁度目に入ってきた商店街を見ようと馬を止めた。


「…それは、簪というやつか?」
「これはこれは曹丕様ではございませんか!ええ、この簪は細部までこだわって作らせた一級品でございますぞ。お値段が少々高めなので…なかなか売れず困っているところでして…」
「そうか。…ではそれを貰おう。金は置いていく、釣りは要らぬ」
「へい、毎度有難う御座いました!…姉上様にもよろしくお伝え下さい…」
「………気が、向いたらな」


ただ気紛れだったのだ。それに、篠乃に似合わぬ筈はないのだが、果たして渡した所でこれを着けようとするかどうか。見るからに高級そうな簪とやら、だからこそ謙遜して受け取ってはもらえないような気もするのである。まぁ、そうなったら張コウにでもどうにか処理させるとする。振り返って隅に繋いでおいた馬へ視線をやるとすぐ近くで父が待っているではないか。「先に帰ってて下さい」と言ったのに、若干口際を上げながらこちらを見ている。


「父よ、先に帰っていて構わぬと申した筈」
「儂も篠乃へ手土産を、とな。それにしてもなかなか面白いものを見せてもらった。以前の子桓ならばあの商人を斬っていただろうに」
「……篠乃が、望まないから、それだけです」
「だろうな。さて、最愛の妻が待っているんだったな、戻るとしよう」
「ち、父上…っ!」


自分でも自覚するくらい、以前とは変わった。仲達はもとより少し会話をするだけで「曹丕様は丸くなられた」と何人にも言われた。近付きづらい雰囲気が薄らいだと言う。以前の自分も篠乃に関しては過敏に反応する人間だったのだが、他人の…男の口からその名が出るだけで殺意を覚えるほどだった。が、それを篠乃に見られた後、異見したのである。この自分にだ。

「私のためにそんなことをする必要は無いのよ」
「だが…!」
「では、こう言えばいい?私が嫌なの。自分の所為で他人が傷つくのは良い気持ちがしないのよ。だから、ね?お、…お願い…」


しかし、お願い、などと言われてそれを拒む事ができるほど自分は強くは無かった。それは所謂 惚れた弱み なのだが。何よりもあの後、篠乃を正妻にすることができたから、心にも余裕ができたのだろう。それにしても、この世で自分が篠乃以上に敵わぬ者などいないのではないか、と手中に納まっている簪を見て苦笑した。

ゆったりとした速度で馬を進めているとすぐに宮殿が見えてきた。大きな行事でもないので出迎えの者は少ない。だが、その中に篠乃の姿が見えた為、早々に馬から降りてそちらへと駆け寄った。


「子桓、お疲れ様」
「ただいま戻った。だが、このような寒い日に外に出ていて平気なのか」
「問題ないわ。それに、…出迎えするのは、妻として当たり前でしょう」
「ふ、考えてみればそうだな。ではさっさと宮中に入ろう。お前が大丈夫でも私が寒い」
「そう…それならお茶用意しておくね」


普通は並んで歩くものではないのか、と言おうとしたにも関わらず、篠乃はぱたぱたと一人で中へと入って行ってしまった。自覚が足りないのではないか、と溜め息を吐くと篠乃と入れ替わるように仲達がニヤニヤと笑いながらこちらへと寄って来た。軽く睨みながら羽織を脱いで仲達に渡すと、気に入らぬのならば直接言えばよいでしょうに、と言うが、何故か言う気にはならなかった。あれが篠乃らしいというか、媚びを知らない篠乃の良さなのではないかと思うからである。本来ならば早いうちに今日の視察の報告書を書かねばならないのだが、期限は明日までだから、まあいいか、と自室へと足を進めた。思ったより疲れていたみたいで、そのまま牀榻へと向かうと寝台の隣の机に茶が置かれた。


「はい、どうぞ」
「すまぬな。………やはり、篠乃のが一番美味いな」
「そう言ってもらえたら嬉しいわ。私も練習したからね」
「…それは誰に飲ませた」
「お疲れみたいだった司馬懿に、よ」
「そうか。ならばもう練習はするな」
「えー、子桓様嫉妬でございますか?」
「そうだが、悪いか?」
「……う、ううん…嬉しいかな」


素直でよろしいことだ、と笑う。そういえば、と懐にしまっておいた簪を思い出した。同じ寝台に座る篠乃へ寄って、いつもの髪飾りを外し、それをゆっくりと挿してみた。何をするのだ、と篠乃は不安そうにそれを見ていたが鏡を渡せば次第に目を大きく開いて驚いていた。


「こっ、こんな…高そうな物!わざわざ買ってきたの?」
「そうだ」
「嬉しい、けど、でもこんな上等な物私似合わないと思うわ」


そんなことは無い、と篠乃の腕を引いて寝台へと横たわらせた。その流れで篠乃の口元へ唇を寄せてみた。相変わらず顔を真っ赤にして恥じらいでいる。長い口付けの後、もう一度篠乃を見ていると、やはりどこか違和感があった。……簪だ。思い立ったら即行動な自分、迷わず簪に手を伸ばして抜いてしまっていた。


「ん…子桓?」
「お前に簪は要らぬようだ」
「勿体ないと思うけど」
「私がお前を飾ればいいだけの事だろう?」
「………ば、馬鹿」




(私でない何かがお前を飾るのは嫌なのだ)

お久し振りです(?)連載後日、晴れて皇子と姉さんは結婚いたしました。曹丕は嫁にベタ惚れ気味なようです。
20081119








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