敵わないものがあるとしたら



「仲達!ま、待って……っ!」
「……はあ…」


許都。曹操の構える宮殿の中で私はすたすたと篠乃から逃れるように歩き回っていた。篠乃は、私が仕える主・曹操の愛娘であり子桓様の妹。上に挙げた二人に似て端整な顔立ちをしておられる。その癖、穏やかで温かい瞳をした曹操等とは正反対の性格だ。単刀直入に言えば皆に愛される、そんな存在。

(私も、人のことは言えないがな)

で、その篠乃から何故逃げているかというと、先ほどこいつが私の執務室へと入り込んできて急に 『私も戦いたいの!だから次の戦で私にも持ち場を分けてくれないかしら?』 などと言うのだ。しかも父上には何も言っていないから秘密でね、と私の頬に唇を付けて念入りに「お願い」をしてきた。下心がないから余計に性質が悪い。純粋な彼女に駄目だ、などと言えなくて今の状況にある。


「ね、え仲達ってば、話を…聞いてよ!どうせ私を戦には出すことは出来ないって言いたいんでしょう?」
「…わかっているなら、どうして頼んだのです。貴女は曹操の娘だ。そんな貴女を戦に出そうものなら私の首が飛びます」
「それは…わかってるけど、でも…仲達は名軍師で事あるたびに出向かなくてはいけない。腕が立つのも知ってるけどもしものことがあったら、って思ったら不安で…!だから、それなら私も着いて行けば仲達のこと守れるかなって、」


嗚呼、またこれだ。篠乃は下心もなしにこうやって私の心を大きく揺り動かす。私が篠乃に気があるのを知っているのではないかといつも思うくらいだ。何分、父と兄揃ってこの娘を溺愛しているため迂闊に話すらできないのだが。


「いくら貴女が純粋に心配してくださっていたとしてもそればかりは、流石に」
「下心なら、ある」
「…は?」
「仲達の傍にくっついてたい、から。だ、駄目、かな」


あまりにも予想外すぎて思わず素で驚いた。だが嬉しかったのもまた事実。苦笑しつつ篠乃の頭をぽん、と叩いた。


「仕方ないな…。だが、私の傍から離れるでないぞ」
「う、うんっ。これで四六時中仲達にくっついてられるよね…?」
「………勝手にしろ」
「やった!仲達大好き〜」
「フン、……馬鹿め」



――――



「―……と、まあこういうわけですので篠乃を次の戦に出してやってもよろしいですか?」


幾らなんでも曹操の娘だ、彼女の頼みとは言えやはり曹操の許可なしに戦には出すわけにはいかない。こっそりと先ほどまでの話と共に事情を説明する事にした。差し支えの無いように説明したつもりが、だんだんと曹操の眉間の皺が深くなっていくのが見て取れた。


「……それは何だ、司馬懿は儂の篠乃との熱々ぶりを自慢したいだけか?」
違います。小さな戦とは言え危険なことには変わりありませんからお伝えしておいただけです」
「篠乃に傷ひとつでも負わせたら司馬懿、お前を殺すぞ」
「・・・・・・・・・重々承知しております」
「傷物にしたら地獄に送るだけでは済まさんからな」
「話が逸れてます。とにかく、篠乃殿の安全は私が確保しますからご安心下さい」


今回の戦、私は主に軍の指揮を執るだけなので直接武器を持って戦うわけではない。だからそんなに問題は無いだろう。まあ、間違っても私が篠乃に戦わせるようなことはしないつもりだ。これから子桓様にも同じように説明をせねばいけないとなると、やや…気が重い。



(それは、きっとお前の事だろう)

曹操の娘&曹丕の妹設定でした。なんかこのキャラ好きかもしれないのでシリーズ化の可能性ありです。
20081010




 


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