虚無杯満:Last



嗚呼愛しき、私の姫君よ



ずっと、篠乃の手を握り続けた。ずっと、篠乃の指先と自分のそれを絡めて、離したくなくて強く絡めた。一晩、いや、もう二晩は過ぎたか。ずっとこの部屋に篭り切りだ。やらねばいけない執務を、重要な伝達を全て無視して(仲達の用件だけは耳に入れておいたが)ずっとここにいる。こういう時くらい私の事を放っておいてくれないか、と強く思う。


――コンコン


「……〜〜〜っ、だから入るなと何度も言っ」
「儂だ。勝手に入るぞ」
「!?」
「まぁそう驚くな、子桓。いい事を教えてやろうと思ってな」


入って来たのがたとえ強引にでも、父を追い返すわけにはいかず。諦めて篠乃へ視線を戻した。すると、父も私の隣にあった椅子に腰掛け、篠乃に見入っていた。フ、と表情を緩めて彼女の額の辺りを軽く撫でていた。その父はとても優しげで、ほんの、ほんの少しだけ羨ましくも思えた。


「そう言えば、父よ。いい事とは、一体」
「あぁ、そうだったな。のう子桓、眠りに堕ちた姫を目覚めさせるにはどうすればいいか知っておるか?」
「眠りって…いや、わかりません」
「それはな、姫の想い人が口付けを施せばよいのだ。な?子桓」
「………は、」


胡 散 臭 いにも 程 が ある。でも、ちらりと篠乃へ視線を向ければ、あながちそれも嘘ではないのでは?と思ったりもした。もしかしたら、なんて。


「ま、儂はどうせ邪魔になるだろうからそろそろ行くとする。子桓、頼んだぞ」
「……はい」


父が去った後、私はしばらく篠乃をじっと見つめていた。背中の怪我は手当てをしていた時に然程深いものではないとわかったから、あまり問題は無い筈なのに何故目覚めないのだろう、と思う。本当に目が覚めなかったら?思考の片隅にそんな考えが浮かぶようになっていた。彼女の意識のない時にするなんて自分でも不本意なのだが、父の言うことが満更でもないような気がしてきたのだ。ふっくらとした、そこにゆるゆると顔を近づけて、そして、唇を重ね合わせた。


ちゅ、と小さく音が響き、しばらくその体勢のまま余韻に浸りゆっくりと顔を上げた。すると、ガタンと物音がし、それがこの部屋の窓からだと気付いた。……開いている。まさか…と思いその窓を開け下に視線をやると案の定、そこには父と夏候淵と元譲が(元譲は見ていたと言うよりも端の方で呆れていた様だが)必要ないくらいの笑みを浮かべてこちらを見ていた。彼らの(元譲を除いて)頭上にはにやにや、とかるんるん、とか言う効果音すら見える。


「……何を、してるんだ…!!!!」
「いやー、子桓が心配だったのでな!」
「そうそう!」
「…俺は付き添いだ」
「嘘だろう…」


見えみえの嘘に私も呆れ果て、もう無視を決め込み篠乃の横たわっている寝台の脇の椅子へ戻ろうとした、瞬間。かちり、と視線が交差した。虚ろに、こちらを見ていた。篠乃が。


「あ、……!大丈夫、なのか!?」
「……、子桓…?」
「そうだ。私だ」
「よかったあー………誰もいないと、思ったの…。でも、なんだか子桓の温かさに触れてるような気がして、元気、出たよ」
「そうか」

元気じゃないくせに、それでもいつもの篠乃だ。それだけでとても安心している自分がいる。

「本当に良かった……姉上、あね、うえ、」
「…子桓?」
「少しだけ不安だったのだ。目を覚まさない、から」
「そう…。ごめんなさい…でも、もう大丈夫よ。本当に子桓がいるから、大丈夫」
「あぁ、」


そっと、今度は互いに同意の上での、口付けをひとつ、深く深く落とした。篠乃の笑顔が、とても眩く見えた。






ほら、貴女の笑顔ひとつで私のこころはこんなにも満たされる


\(^o^)/おわったーっ!最終話は好き放題やらかしました。ギャグいれちゃった…!それにしても、ここまで読んでくださった皆様、お疲れ様でした、ありがとうございました!
20080916








あきゅろす。
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