虚無杯満:6



自分ができることはこれくらいしかない。
何があっても貴方の為に己を変えていきたい。




魏と言う大きな家族の中の、『子桓と義姉弟』と言う契りが消えてから数日は経った。だからと言って何かが大きく変化したということもない。特に大きな動きも無かった。それは子桓が何かしら気を遣ってくれたのかもしれない。それならば私も子桓との接し方を変えない方がいいのではないか、と思う。

本当はね、今までの姉弟関係からいきなり妻になれなんていわれて平常心ではいられないのだけれど……きっと、夫婦らしい関係を、子桓は望んでいないと思うの。子桓が欲しいのは、心の渇きを満たせる、そんな居場所。急に変わった様にもみえる子桓の微妙な視線や態度に対して上手に受け答えをしなくてはいけない。でも、子桓がそれを本当に望んでいるかは……わからない。


「よ、し…思い立ったが吉日って言うじゃない!」


最近は部屋を出る際、大抵子桓が一緒に付き添ってくれるから一人の時が少なくなったように思える。だから妙にドキドキしている気がする。目的の部屋はあちらも身分の高い方だから私の部屋からさほど離れてはいない。訪ねるのは初めてだけど。


「あ、あの、張コウ様いらっしゃいますか?」
『ああ、どうぞ』
「……えぇと、篠乃、です。お久しぶりです」
「おや。これは、篠乃殿ではありませんか。わざわざこのような所へ…どういたしました?」


そっ、と扉を押し開けると、少し驚いたように私を招き入れてくれた。美しくなりたい…と言うか、子桓に恥をかいてもらいたくないから、少しでも自分を見直そうと思ったのだ。元々親しい女性が少ないし、甄姫は絶対に私の相談になんて乗ってくれるとは思えない。そうなると、個性は強すぎる気もするけど、このような話は張コウぐらいにしか相談できない。
椅子まで案内してくれた張コウに素直に従って腰を降ろすと、私の考えを汲んでくれたかのように「何か悩みでもおありですか?」と優しく問うてくれた。なんていうか、男性なのに女心をよくわかってくれてるなあと、感動してしまう。


「えっと………―――」
「―――……、なるほど。曹丕殿の為ですか。ですが、私が見る限りでは篠乃殿に改善すべきような点は見受けられませんよ」
「うーん、はっきりとこうしたい、と言う事ではないのです。ただ、子桓の邪魔にならないように、そっと支えるためにはどうしたらいいのかと…。私、あまり着飾ったりなども好きではありませんし、だからと言って武士のように戦うことはできません。無力だと思います。だから、私にできることがわからなくて、…っ」
「あぁっ、そのように自分を責めてはいけません!私はお二人に関わる機会が少ないために多くを言うことはできませんが、曹丕殿にとって、貴女はきっと心の拠り所なのでしょう、だから、貴女が無理に変わる必要は無いと、私は思います」


考えれば自分に長所なんて無いような気がして、張コウの前にも関わらず泣きそうになっていた。それに彼の言うことに嘘偽りは感じられなくて、余計涙腺が弱まるばかり。しばらく無言で落ち着くまで俯いていると、急に張コウがぽん、と手を叩いて何かひらめいたかのように声を漏らした。


「こういうことをして、曹丕殿がお怒りになるかもしれませんが、万が一の時のために護身術を身に付けてはいかがですか?」
「……な、なる、ほど」
「私もそれならばお教えできますしね。今から如何です?丁度時間が空いていますし」
「本当ですか!あっ…お願い致します」


あまりこの話をしない方がいいだろうと思っていたけど張コウは信頼できる人物だから、と、子桓と私の関係を話すことにした。心底驚いていたけれど最後には笑顔で「曹丕殿に愛されていらっしゃいますね!」なんて言うものだから逆に私が驚くはめになった。しばらく談笑してから鍛錬場へ行くことになった。今の時間帯は丁度、皆鍛錬場から離れることが多いから人も少ないらしい。確かに男性が多い場所に私が行ったら浮いてしまうし。、うん…。


「さて、まずは武器ですが。篠乃殿はきっと特別な鍛錬をしたことはないでしょうし、だからと言って前線で戦うわけでもありませんから、短剣が丁度良いでしょうね。鈍器では力が要りますし」
「そうですか…」
「まずは、自分で持ってみて私に当てるように斬りかかってみてください。私は受け止めますから、大丈夫ですよ」


いきなりそんなことをするのか、と驚き、そして凶器を扱う怖さに身震いをしながらも、恐る恐る、張コウに刃を向けた。鍛錬、だ、と言ってもやっぱり人に斬りかかるなんてしたくない。でも折角張コウがこうやって協力してくれているのだ。それに素人の私の攻撃ならば彼はきっと当たらないだろう。大丈夫。そう思って鍛錬を開始した。





虚無の杯、満たしましょう:6

張コウのふつくしいバトルレッスン!!(eeeeee)多分女官さんと会話する機会もないだろうからなあヒロインちゃん。張コウならきっと親身になってくれる気がする。
20080626








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